直木賞作家・桜木紫乃さん

11月17日(土)、開館20周年記念イベントとして、直木賞作家・桜木紫乃さんと、三浦綾子文学賞受賞作家の河﨑秋子さんをお招きすることができました。旭川市民文化会館で、桜木さんの講演会(聞き手:大津桃子さん)と、桜木さん&河﨑さんの対談が行われます。

以前(2013年)、桜木紫乃さんの小説について、書評コラムでご紹介したことがありました。

湿原に凛と硝子の葦立ちて洞【うつろ】さらさら砂流れたり      桜木紫乃

連作短編集『ホテルローヤル』で、第149回直木賞を受賞したばかりの作者。そのホテル名は、3年前刊行の長編『硝子の葦』(新潮社、2010年)にも登場していた。掲出歌は、『硝子の葦』の人物幸田節子が作った歌である。
節子は30歳。夫の喜一郎は、親以上に年の離れたラブホテル経営者だ。「金と暇をやるから好きに生きてみろ」というプロポーズのままに、節子は3人目の妻として迎えられる。とはいえ、実は喜一郎と、節子の母とは長い愛人関係にあった。
(中略)
ジャンルとしては、クライムノベル(犯罪小説)など広義のミステリーなのだろうが、私は働く女性たちの群像劇として注目した。たとえば、ホテルの管理をとりしきる女性の、比類ない働きぶり。また、家族の介護を抱えつつ、会計事務所で目配り良く働く年配の独身女性。さらに、若き日に単身でスナックを開業した節子の母の生。誰もが、為すべき事としての仕事をこなしている。各人の生をおろそかにせず、丁寧に筆を進めた作者の思いも感じられた。
スリリングな展開に心拍数を上げつつ、舞台である釧路、厚岸、帯広の四季の風景描写には心が和む、そんな緩急ある作品だ。
(北海道新聞「書棚から歌を」2013年9月29日掲載)

桜木紫乃さんの小説を、また、河﨑秋子さんの小説を、「働く女性たちの群像劇」として再読することも一興ですね。
11月17日、文学ファンのみなさまのご来場を、心よりお待ちしております。

入場券のお申し込みは、こちらへ(文学館ショップ)

田中 綾

秋晴れの日に、分館(書斎の移設復元)オープン

まず何より、北海道胆振東部地震で被災された方々にお見舞い申し上げます。

今なお(9月30日現在)、不便な生活を余儀なくされている方々がおられ、私が暮らす札幌市も、観光には何も問題はありませんが、すべてが日常に戻ったわけではありません。

9月29日には分館のオープニング・セレモニーも予定していましたが、三浦綾子・光世夫妻であれば、このような時に何をまず第一としただろうか――それに想いをめぐらせ、記念式典等は控え、予算の一部を義援金として被災地に送り届けることを選択しました。

 

三浦夫妻の“口述筆記の書斎”を移設復元した分館は、2年をかけて、全国の方々からの熱い想いとご寄付で完成した建物です。そのお披露目のセレモニーを控えることには、もちろんさまざまなご意見、葛藤もありました。

そんな中で迎えた当日は、さまざまな想いを包み込み、純化させたような秋晴れ……!

道内外、遠方からも、本当に多くの方々にご来館いただきました。ありがとうございます。閉館時間まで駐車場も満杯で、約270人の方々とオープンの日を迎えることができました。

 

新聞等でもさまざまにご紹介いただけましたが(下記)、私は1つ、分館のこの一角をおすすめしたいと思います。

テラスに面し、旭川家具をそなえたくつろぎのスペース「多目的室」。その一角に、携帯電話などを一度に6台充電できる「充電スペース」があります。今回の地震で三浦文学館も長時間の停電となりましたが、何かの際はもちろん、旅行中の方々、みなさまどうぞお気軽にお使いください。ご来館を心よりお待ちしております。

 

田中 綾

 

(参考)https://www.hokkaido-np.co.jp/article/233146?rct=n_culture 口述筆記、この書斎で 旭川・三浦綾子記念館 分館オープン(北海道新聞9月29日23:46更新)

https://www.hokkaido-np.co.jp/article/232276 三浦綾子記念館 29日分館オープン 書斎移設、「氷点」コーナーも(北海道新聞9月27日12:32 更新)

 

 

 

ジンギスカンを借景に――三浦綾子作品と「食」その2

北海道大学といえば、『氷点』の辻口啓造、徹、北原、そして陽子も通ったという設定の大学ですね。今年7月、その北海道大学構内にコンビニエンスストアがオープンし、テラスでジンギスカン・パーティー(通称ジンパ)ができることでも話題となりました。

 

北海道民にはおなじみのジンギスカン(羊肉の焼肉料理)。『氷点』でも、徹と陽子、母の夏枝と北原が「ジンギスカン鍋」を味わうシーンがあります。

 

レストハウスに入って、ジンギスカン鍋をつつくころ、旭川の街の灯がまたたきはじめた。夏枝も今夜はビールを飲んだ。

「ジンギスカンはおいしいですね」

北原は陽子をみていった。陽子はだまって微笑した。(略)

「はい北原さん、焼けましたわ」

夏枝が北原の皿に肉をのせた。つづいてピーマンや玉ねぎを皿に分けた。

 (『氷点』角川文庫版 下巻「千島から松」 p181~182)

 

舞台は旭川市の高砂台で、夕陽を受けた大雪山や、十勝連峰も眺められる景勝地です。

とはいえこのシーンは、ただジンギスカンの美味しさを味わうのではなく、北原をめぐる、夏枝と陽子との微妙な関係性が描かれています。一つ鍋を囲む風景を借りながら、登場人物には、ひそかな緊張感が漂っていたのです。

 

『氷点』から18年後、1982年に単行本となった『青い棘』でも、邦腰康郎とその家族が、花見の時季にジンギスカン鍋を味わうシーンが出てきます。

 

なぎさは焼けたマトンを、鍋から自分の皿に移しながら言った。(略)

ここは神楽岡公園である。公園には、花見に来ている人たちが幾組かあった。康郎たちと同じように、ジンギスカン鍋を囲んでいる者、紅白の幔幕(まんまく)を張りめぐらして、踊ったり、歌ったりしている者、様々である。(略)

「ここから見る大雪山もいいですね」

兼介が大きな目を細めて言った。

「ほんとだね」

康郎も肉を焼く手をとめた。     (『青い棘』講談社文庫版、p47~48)

 

こちらの舞台は、上川神社に隣接する神楽岡公園。花見をしながら、家族で囲むジンギスカン――とはいえ、このシーンもやはり、なぎさと兼介夫婦の危機の伏線となっており、一つ鍋を囲む風景を借りながら、家族の微妙な距離が見え隠れしています。

 

さまざまな意味を含む食事シーンを借景に、さて、私もジンギスカンをいただきましょう。

 

田中 綾

幻のお米「あや」との出逢い――大学生とフットパス・バスツアー

暑さが続いていますが、西日本豪雨でたいへんな想いをされている方々に、何よりお見舞い申し上げます。

 

さて、7月22日(日)、昨年に続いて大学生とのバスツアーを企画しました。

今年は、「フットパス『泥流地帯の道』&三浦綾子記念文学館・日帰りバスツアー」で、三浦綾子記念文学館でミニシアター『泥流地帯』『続・泥流地帯』を観たあと、美瑛の風景を堪能しながら、十勝岳望岳台へ。そして、上富良野町のフットパス『泥流地帯の道』を散策しました。

北海学園大学の学生に加えて、今回は、札幌大谷大学の森雅人先生と山下成治先生の両ゼミ生も参加してくれました。学部も学年もさまざま若者たちとのバスの旅――ご担当くださった、旭川まるうんトラベルの林和寛さん、小川茉奈恵さん、ありがとうございました!

 

昼食は、車窓から緑やラベンダーを眺めながら、バス内でいただきました。ゆでたての甘~いトウキビと、旭川の果樹園のみずみずしいさくらんぼが配られ、車内は感激の声。

さらに、西神楽の「夢民村(むーみんむら)・直売カフェMuu(むー)」さんのおにぎりが、もちもちしていて、思わず声をあげてしまうほどのお美味さでした。

 

甘くてもちもち感たっぷりの北海道米の名前は、なんと、「あや」。品種の正式な名前は「彩」ですが、ひらがな書きの「あや」で販売しているそうです。

「あや」は、一般には流通していない“幻のお米”で、この「夢民村」さんが苦労の末、自家採種で栽培しているということです。

https://www.shop.muminmura.com/user_data/about-aya-content.php (夢民村「あや」の紹介サイト)

 

三浦綾子さん、「綾歌」、そして旭川自慢のお米「あや」。

まったくの偶然ですが、「あや」の美味しさと、三浦綾子作品について、学生たちからも伝えてもらいたいと願っています。

 

田中 綾

 

「仕える、事(つか)える」――『続 泥流地帯』より

三浦綾子さん『続 泥流地帯』の拓一のセリフに、こんな言葉があります。

 

「仕事というものは、何でもみんなつらいものさ。何せ、仕える、事(つか)えると書くのが仕事だと、よくじっちゃんが言っていた」

 

大正末期の十勝岳大噴火ののち、泥の中から流木を引き上げ、先の見えない復興を信じて、客土をし、暗渠を作った拓一。

そんな拓一の〈仕事〉とは到底比較にもなりませんが、「仕事というものは、何でもみんなつらいものさ」としみじみつぶやくことが、私にもあります。

 

私は、二十代半ばから“モノ書き”(文筆業)で暮らしてきました。子どものころから話下手で、人とコミュニケーションをとることも不得手なため、一人もくもくと原稿を書くという職を選んだのです。

ところが、勤務校や文学館では、授業や講演が多く、今やモノ書きよりも“話す”ほうが仕事のメインに! 実はいまだに苦手意識を克服できていないため、反省やあせりばかりで、「つらい、つらい」とこぼす日々です。

 

とはいえ、依頼があれば、どこにでもうかがいます。とくに今年は、お世話になった方々や、元ゼミ生からお声をかけていただき、苦手意識克服のチャンスなのかもしれません。

 

・5月16日(水)「文学を愉しむ、味わう―三浦綾子記念文学館の取り組みを例に」@置戸町中央公民館

・6月2日(土)「中城ふみ子―三浦綾子と同年生まれの歌人」@とかちプラザ(帯広市)

・6月16日(土)「今を詠う、恋を詠う~三十一文字にかける想い~」@恵庭市立図書館

・6月19日(火)「いま読み返す、三浦綾子」@かでる2・7(札幌市)

(以上、終了)

・9月27日(木)「『母』『銃口』 困難な時代の再読の意味」@旭川六条教会(シンポジウム)

・11月10日(土)「三浦綾子の文学世界」@苫小牧市文化交流センター

・12月1日(土)三浦綾子記念文学館について@北方民族博物館(網走市、調整中)

・12月5日(水)「暮らしを詠む~はじめての短歌創作~」@札幌市立中央図書館

 

内心、「つらい」、しんどい仕事ですが、拓一のセリフに励まされ、努力を重ねてまいりますね。

 

※高校への出前講義(無料です)の内容は、こちらから~「北海学園大学 出前講義」

http://hgu.jp.s3-website-ap-northeast-1.amazonaws.com/ebook5/delivery_2018/

 

田中 綾

歌人・鳥居さんをお迎えして――20年目の開館記念日

6月13日(水)、開館記念日の講演会に、歌人の鳥居さんをお迎えいたします。館長に就任する前から、鳥居さんと三浦文学とのつながりを感じており、今回、ご快諾いただけて嬉しい限りです。鳥居さんには、初めての旭川を愉しんでいただきたいと願っています。(鳥居さんのツイッター https://twitter.com/torii0515

2013年8月、この三浦文学館の文学講座で、「綾子さんが作った短歌」という題でお話の機会をいただきました。その最後に、「三浦綾子作品を伝えたい」現代の歌人として、実は、鳥居さんのことをお話し、当時の短歌などをご紹介していました。

 

鳥居さんは、三重県出身。岩岡千景さんによるノンフィクション『セーラー服の歌人 鳥居』(KADOKAWA、2016年)に詳しいですが、母の自死、養護施設での虐待などを乗り越え、学び直しの機会を探し、生きづらさを抱えた人々に手を差し伸べています。そのひたむきな生は、綾子さんの小説の作中人物の生に重なるところがあるように感じています。

 

鳥居さんの第一歌集『キリンの子』(KADOKAWA、2016年)は、第61回現代歌人協会賞を受賞しました。現代短歌では、芥川賞のような大きな賞です。

また、短歌総合誌の連載なども抱える多忙な中、各地で教育に関する講演も熱心に行っているそうです。

とりわけ、鳥居さんが声を挙げたのは、中学校を何らかの事情で形式的に卒業した人々に、学び直しの場を与えて欲しい、ということでした。夜間中学の門は、形式的に義務教育を終えた人々には、開かれていなかったそうなのです。

SNSなどでその問題を訴え続け、国会にもはたらきかけるなど、鳥居さんは努力を惜しみませんでした。その結果、2015年夏、義務教育修了者も、夜間中学で学び直し(再入学)ができるようになったそうです。(文部科学省「義務教育修了者が中学校夜間学級への再入学を希望した場合の対応に関する考え方について(通知)」2015年7月30日 http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/shugaku/detail/1361951.htm

 

6月13日、鳥居さんからは、さまざまなお話をうかがえそうですね。

私自身が何より心待ちにしております。

 

田中 綾

 

3冊の本~20周年記念出版を祝う会

2018年4月25日、綾子さんの生誕の日に、開館20周年記念出版を祝う会が開催されました。文学館1階ホールには90人もの方々が参加され、遠方からのご足労まで、本当にありがとうございました。

 

・未収録エッセイ集『一日の苦労は、その日だけで十分です』(小学館)

・『信じ合う 支え合う 三浦綾子・光世エッセイ集』(北海道新聞社)

・絵本『復刻版 まっかなまっかな木』(絵・岡本佳子 北海道新聞社 初版は2002年刊行)

 

この3冊が、リニューアルしたばかりの展示室の前に並べられ、祝杯と談笑のひとときを過ごしました。2階では、礼文島在住の植物写真家・杣田(そまだ)美野里さんの写真短歌展「天北の蕊(しべ)たち」も開催されており、ともにお楽しみいただけたことと思います。

 

さて、私自身、これまで何冊かの本の誕生にかかわってきましたが、今回はとりわけ、ブックデザイナーの方々の創意と熱意に感銘をうけました。

 

小学館のエッセイ集のブックデザインは、「鈴木成一デザイン室」さん。装画と挿絵は、としえさん。心がふわっとなごむ愛らしい挿絵で、女優・作家の中江有里さんの帯文が、さらにあたたかさを添えてくださっています。

 

北海道新聞社のエッセイ集と、復刻版絵本のブックデザイナーは、江畑菜恵さん。札幌市在住の切り絵作家・波佐見亜樹さんの流麗な切り絵が、惜しみなく使われています。手にしっとりと馴染む紙質と、判型(B6変型判という、めずらしい大きさ)も、さまざまに練ってくださった末の“作品”であることがうかがえます。

 

書籍は、多くの方々の創意が凝らされ、そして初めて一冊のかたちになるのですね。

こう書いて、うまく言葉にできずにもどかしい限り……これらはぜひ、お手にとって、実際にお確かめいただきたいです。

 

田中 綾

※(※動画の音声は不鮮明ですが、雰囲気のみお伝えできればと思い、編集いたしました)

道南いさりび鉄道で、函館文学散歩

先日、「北海道書店ナビ」(株式会社コア・アソシエイツ)に登場させていただきました。書店員や、出版関係者が選ぶ、“5冊で「いただきます!」フルコース本”という企画です。

5冊にしぼるのは難しいものでしたが、「三浦綾子記念文学館館長がおすすめ! 『はじめての三浦文学』フルコース」というタイトルで、漫画も含めて、綾子さんの5冊を選書いたしました。 http://www.syoten-navi.com/entry/2018/03/26/091747

 

取材してくださったライターの佐藤優子さんは、ちょうど、『“日本一貧乏な観光列車”が走るまで 「ながまれ海峡号」の奇跡』(ぴあ、2018年3月)を上梓されたばかり。函館を走るローカル線「道南いさりび鉄道」特別観光列車の、まさに「奇跡」的な人気をルポしたご著書です。http://piabook.com/shop/g/g9784835638478/

そんな折、まさに奇跡的に(!)函館出張が入ったので、優子さんのご著書を手に、“いさりび鉄道体験”をしてきました。

 

函館駅から木古内駅まで、1時間余の各駅停車の旅。往復の車内でランチやディナーを堪能できる「ながまれ海峡号」は、要予約のため、残念ながら間に合いませんでしたが、1車両で走る車窓からは、海と山、雪解け間近の樹々を眺めることができました。

“臥牛山”の愛称で親しまれている函館山を、真横からパチリ。写真好きなかたなら、この列車に乗るだけで、ベストショットを狙えるでしょうね。

 

さて、函館を舞台とした三浦綾子さんの小説といえば、『ひつじが丘』。牧師の娘・奈緒実は、函館で育ち、札幌の女子高に転校したという設定でした。そして、杉原良一の熱烈な求愛ののち、新婚生活を送った地も函館でした。

 

函館の街に育った奈緒実には、札幌から函館まで八時間も汽車に揺られて行くことに、どれほどの勇気も決心もいらなかった。 (『ひつじが丘』)

 

執筆時の1965、66年には、札幌―函館間が「八時間」もかかっていたとは――今では、その半分の乗車時間になりましたが、列車やJRと言わず、「汽車」と呼ぶ北海道人のくせは、当時のまま変わっていないようです。

 

田中 綾

中城ふみ子――三浦綾子と同年生まれの歌人

北海道帯広出身の歌人に、中城(なかじょう)ふみ子がいます。三浦綾子と同年の1922年生まれですが、中城ふみ子は1954年8月、乳がんで闘病中に他界しました。享年わずか、31。

中城ふみ子の短歌が全国的に知られたのは、まさに、最晩年のことでした。「短歌研究」第1回50首の応募で特選入賞、1954年4月号で鮮烈なデビューを果たしたものの、同年9月号では、「追悼特集」が組まれることとなったのです。その劇的な生涯は、渡辺淳一が小説『冬の花火』にも描いています。

さて、没後50年を機に創設された短歌賞「中城ふみ子賞」があります。今年は、第8回作品募集の年で、私も選考委員の1人に名を連ねています。6月2日(土)には、同賞記念講演「歌人としての三浦綾子――中城ふみ子と同年生ミリオンセラー作家の横顔」(仮)を、とかちプラザでいたします。

久々に歌集『乳房喪失』をひらいてみると、「銃口」という一連があり、はっと息をのみました。内容は異なりますが、三浦綾子最後の長編『銃口』と同じ言葉が、ここにあったとは――

 

子が忘れゆきしピストル夜ふかきテーブルの上に母を狙へり

 

銃口を擬されたるとき母は消え未練なひとりの女が立ちゐる

 

4人の子ども(1人は夭折)を愛し、育てた「母」ふみ子でも、通院と闘病で育児がままならず、「未練」に唇をかむ夜もあったのでしょう。けれども、「母」から「ひとりの女」に立ち返ったことで、むしろ、“表現者”としての“中城ふみ子”が誕生し、彼女にしか歌えない世界が拓(ひら)けていきました。

 

冬の皺よせゐる海よ今少し生きて己れの無惨を見むか

 

これは、雪降る日、小樽の親戚宅から札幌の病院に治療に向かう列車で作られたという歌。哀切な歌ですが、自分の「無惨」を見ることよりも、「今少し生きて」という言葉のほうに、生ききることへの切実な想いが託され、代表歌として現在も“生き続けて”います。

 

※「第8回中城ふみ子賞」(新作50首の公募で、4月30日まで受付)についてのお問合せは、帯広市図書館内「中城ふみ子賞実行委員会」へ(TEL:0155-22-4700)

 

田中 綾

ジャガイモから「米」へ――三浦綾子作品と「食」その1

2017年4月28日、三浦綾子記念文学館で、ジャガイモなど食文化を研究する中村剛さん(大谷号さん)に、「ジャガイモ学」についてご講演いただきました。もう、1年近く前になりますね。https://www.youtube.com/watch?v=ZFl2_m1sF00

三浦綾子さんはジャガイモが好きで、味わっている姿の写真はご存じのものでしょう。作中にも、「馬鈴薯」がよく登場しています。

 

さて、大谷号さんの新刊『日本の米 私たちのごはん』東西編は、47都道府県に加え、台湾の米文化も取材・報告したフルカラーの冊子です。その脚力と取材力に感嘆符ばかりですが、各地の「ご飯のとも」の写真にも、お腹がなりっぱなし・・・。

 

それを読みながら、三浦綾子作品に登場する「米」「ごはん」が、気になってきました。

すぐに思い浮かぶのは、「カレーライス」。『氷点』や『ひつじが丘』などで、カレーライスは重要な場面に登場しています。

カレーライスももちろん登場しますが、「米」「ごはん」がさまざまに登場するのは、『天北原野』です。西岡志歩子さんに調べていただいたところ、『天北原野』には、もち米、玄米、鮨、いなりずし、かんぴょう巻、赤飯、雑炊、握り飯……などが描かれていました。太平洋戦争下に配給された「外米」の話題もあり、ありとあらゆる米の描写があるのです。

その中で、私が注目するのは、カレーライスを作る前、お米のとぎ汁をこんなふうに描いた場面です。北海道の定番「松前漬け」の下ごしらえでしょうね。

 

貴乃は米をとぎ、その白いとぎ汁を、紅鉢に入れる。紅鉢にはするめが十枚ほど入っている。柔らかくもどして、醤油漬けにするつもりなのだ。(『天北原野』下巻「煤(すす)」)

 

三浦綾子作品に描かれた「食」、今後も、折々お伝えしたいと思います。

 

※中村剛さん(大谷号さん)の著書情報は、こちらへ~https://ota25.booth.pm/

 

田中 綾