生きる、生ききる。(ごあいさつ)

生きる、生ききる。

 〈平凡な事を平凡に詠ひつつ学びしは真実に生きるといふこと〉。旧姓「堀田」での、綾子さんの短歌です。深く愛した前川正さんが亡くなり、その後、運命的ともいえる光世さんとの邂逅(かいこう)。「真実に生きる」、この下の句は、決して常凡なことばではなく、光世さんとともに生ききる宣言として読み味わうこともできるでしょう。

 生きる、生ききる。そして、他者とわれさえも赦(ゆる)すこころ——綾子さんの小説は、それらを深く考えさせてくれます。

 「三浦綾子作文賞」の選考委員をつとめて以来、毎年私は、綾子さんの小説を読むことから1年を始めています。その年を生ききる力を、いただいているのです。

 幼いころから自信がなく、今なお生きづらさを抱えている私は、だからこそ、文学作品に支えられてきました。

 けれども、私が日ごろ接している〈平成〉生まれの学生たちは、文学や文学館とは、やや距離が遠いようです。過去から学ぶことの大切さ、また、文学作品を読み味わい、そこで得られる発見や愉しさを手渡していくことは、切実に求められているものでしょう。

 とはいえその方法は難しく、模索中です。

 それでも、ひとすじの光を見いだしてもいます。戦前・戦中を描いた『母』や『銃口』、被占領期が舞台である『氷点』はじめ、綾子さんの小説は、風圧きびしい歴史を生ききった人々の姿、こころを描いています。これからの時代を創り、生ききる世代にも共有できる作品であることに、励まされる思いです。

 最後になりますが、この三浦綾子記念文学館を、短歌の「上の句(五七五)」と「下の句(七七)」にたとえてみましょう。

 すでに「上の句」は、多くの賛助会員の方々、ボランティアの方々、地域の皆さま、そしてかけがえのない初代高野斗志美館長、続いての三浦光世館長、さらに熱意あふれる職員の方々によって、完成されています。

 私は、その確かな「上の句」に加え、若い世代にも伝わりやすい方法を試みるなど、前向きで、新たな「下の句」を皆さまと創り出していけたら……と願うばかりです。

 今後とも引き続きのお力添えとあたたかなご支援を、こころよりお願い申し上げます。

田中 綾