ジンギスカンを借景に――三浦綾子作品と「食」その2

北海道大学といえば、『氷点』の辻口啓造、徹、北原、そして陽子も通ったという設定の大学ですね。今年7月、その北海道大学構内にコンビニエンスストアがオープンし、テラスでジンギスカン・パーティー(通称ジンパ)ができることでも話題となりました。

 

北海道民にはおなじみのジンギスカン(羊肉の焼肉料理)。『氷点』でも、徹と陽子、母の夏枝と北原が「ジンギスカン鍋」を味わうシーンがあります。

 

レストハウスに入って、ジンギスカン鍋をつつくころ、旭川の街の灯がまたたきはじめた。夏枝も今夜はビールを飲んだ。

「ジンギスカンはおいしいですね」

北原は陽子をみていった。陽子はだまって微笑した。(略)

「はい北原さん、焼けましたわ」

夏枝が北原の皿に肉をのせた。つづいてピーマンや玉ねぎを皿に分けた。

 (『氷点』角川文庫版 下巻「千島から松」 p181~182)

 

舞台は旭川市の高砂台で、夕陽を受けた大雪山や、十勝連峰も眺められる景勝地です。

とはいえこのシーンは、ただジンギスカンの美味しさを味わうのではなく、北原をめぐる、夏枝と陽子との微妙な関係性が描かれています。一つ鍋を囲む風景を借りながら、登場人物には、ひそかな緊張感が漂っていたのです。

 

『氷点』から18年後、1982年に単行本となった『青い棘』でも、邦腰康郎とその家族が、花見の時季にジンギスカン鍋を味わうシーンが出てきます。

 

なぎさは焼けたマトンを、鍋から自分の皿に移しながら言った。(略)

ここは神楽岡公園である。公園には、花見に来ている人たちが幾組かあった。康郎たちと同じように、ジンギスカン鍋を囲んでいる者、紅白の幔幕(まんまく)を張りめぐらして、踊ったり、歌ったりしている者、様々である。(略)

「ここから見る大雪山もいいですね」

兼介が大きな目を細めて言った。

「ほんとだね」

康郎も肉を焼く手をとめた。     (『青い棘』講談社文庫版、p47~48)

 

こちらの舞台は、上川神社に隣接する神楽岡公園。花見をしながら、家族で囲むジンギスカン――とはいえ、このシーンもやはり、なぎさと兼介夫婦の危機の伏線となっており、一つ鍋を囲む風景を借りながら、家族の微妙な距離が見え隠れしています。

 

さまざまな意味を含む食事シーンを借景に、さて、私もジンギスカンをいただきましょう。

 

田中 綾