歌われた〈三浦綾子記念文学館〉

新型コロナウイルス感染拡大の影響により、昨年末から臨時休館しておりましたが、おかげさまで、4月1日から無事に展示等を再開しております。
休館中は、収蔵資料の確認などもして、あらためて〈文学館〉という場について考える時間をいただきました。
さて、実は〈文学館〉、そして〈三浦綾子記念文学館〉は、歌語でもあります。現代の歌人たちの作品に登場していますので、今回は、札幌市在住の阿知良光治(あちら・みつはる)さんの歌集をご紹介しましょう。

阿知良光治さんは、1944(昭和19)年、中国東北部の吉林省に生まれ、戦後、家族で札幌市に引き揚げてこられたそうです。北海道教育大学岩見沢分校に入学後、歌誌「アララギ」「北海道アララギ」に入会し、長く作歌を続けておられます。「アララギ」は1997年に終刊となりましたが、翌年、「新アララギ」が創刊され、入会。「アララギ」時代から、三浦光世とは“歌友”ということになるでしょうか。

第1歌集『航跡』(木犀社、2006年)巻末の年譜によると、札幌市内の小学校の教員、教頭、校長を歴任。2005年に定年退職され、現在は「北海道アララギ」発行人をつとめておられます。

さて、阿知良さんの第2歌集『寂寥の街』(旭図書刊行センター、2019年)は、第34回北海道新聞短歌賞の佳作受賞歌集ですが、その中に、三浦綾子に関する連作がありました。

・三浦綾子逝きて十年記念展に圧倒さるるその存在感
・病むほどにペンが冴えるか『泥流地帯』膨大な原稿の前に佇む
・遺作となりし『銃口』に見る教師像懺悔のこころをペンに託しぬ
・吾が胸にいまだ解けざる無償の愛『塩狩峠』を読みて暁 (以上、p94、95)

・秋の日のなかにひつそりと建ちてあり三浦綾子記念文学館は
・三浦綾子の唯一の歌集『いとしい時間』書架のなかに控へめにあり
・ウッドチップ敷き詰められし見本林妻伴へば秋がにほへり
・どこまでも続く美瑛川の堤防を少し汗ばみ妻の付き来る
・ストローブマツに絡まるツタの葉は色づき早しこの見本林に (以上、p109、110)

三浦作品の読後感に加え、秋の色づく見本林と文学館の展示、そして何より、「妻」との愛すべき時間を過ごされたことが伝わってきます。

歌われた〈三浦綾子記念文学館〉――ほかにも、さまざまな歌集で“発見”できましたので、折々紹介していきたいと思います。
また、みなさまも、「こんな歌がありましたよ!」などの情報をどうぞお寄せください。

田中 綾

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テレビドラマ『羽音』

短篇小説『羽音』

短編集『病めるときも』に収録されている、『羽音』という小説を覚えていらっしゃるでしょうか。1969年に『小説女性』に掲載された、家庭と愛をめぐる短編です。(三浦綾子記念文学館公式サイト『羽音』はじめの一歩 https://www.hyouten.com/hajimeno-ippo/08_haoto

『羽音』は、『病めるときも』(角川文庫)に収録

舞台は、札幌市南区の真駒内(まこまない)。東京から転勤してきた男性・堀川と、その同僚の女性との揺れ動く心が描かれています。

破格の昇進で、経理課長として札幌に着任した堀川ですが、妻は東京の生活に固執し、札幌での同居をいやがります。男児にも恵まれ、はた目からは申し分ない家庭ですが、夫婦仲はぎくしゃく。結局堀川は、“札チョン族”の単身生活となり、しだいに、同僚の若い律子に心が惹かれていきます。

母親と二人暮らしの律子は、真面目で慎重で、堀川と二人きりになっても一定の距離を保ち続けています。堀川は、そんな節度ある律子の姿勢にますます魅力を感じていくのですが――。

この短編は、発表後まもない1969年の「東芝日曜劇場」で、早々にテレビドラマ化されました(脚本・砂田量爾、演出・守分寿男、HBC制作、12月14日放映)。倉本聰さんらが活躍され、ドラマ全盛期を担った番組なので、なつかしく思われる方も多いのではないでしょうか。

田村高廣さんが堀川を演じ、律子役は、大空真弓さん。律子の母は杉村春子さんが演じ、生け花など存在感たっぷりの演技を見せています。

ドラマの設定やセリフは、実は原作に加味された部分も多いのですが、冬季オリンピック(1972年)開催前の札幌の風景を追体験できます。

その制作について、当時演出助手をつとめられた長沼修さんが、ご芳著『北のドラマづくり半世紀』(北海道新聞社、2015年)の中で思い出を書いておられます。撮影には、原作者である三浦綾子も立ち会い、長沼さんはとても緊張しておられたとか……。

さて、ちょうど3月18日(木)7:00~「日本映画専門チャンネル」で、この『羽音』が放映されるそうです。どうぞ、しみじみとご覧ください。https://www.nihon-eiga.com/program/detail/nh10009324_0001.html

田中 綾

続・子どもたちがあったかーく眠れる国を願って

先月の内容の続きを少々。各大学などで行われている、食糧支援の話題です。

第二学期の授業が終わった大学では、試験やレポートに追われた学生たちもひと息ついているころです。とはいえ、新型コロナウイルス感染拡大の余波で、アルバイト先がない、また、実家の経済面にも変化があったなど、ほっとしてはいられない若者たちもいるのです。

勤務校では12月に教員有志で食糧支援を試み(先月のブログの内容です)、1月26日には、学生団体主催のかたちで2回目の支援を行いました。

お米、レトルトカレー、袋麺、みかんなどを受け取りに来た学生は、12月は約260人でしたが、今回は976人と、在籍者数の1割超にものぼりました。当日の詳しい様子を、地元の北海道放送(HBC)さんがニュース配信してくださったので、ご覧いただけると幸いです。↓

食料の無料配布に長蛇の列! 大学生が大学生に食料支援活動 北海道札幌市

https://news.line.me/issue/oa-hbcnews/qw0rrtao22ad?mediadetail=1%3Futm_source

「コロナによりアルバイトが減。父の収入が前年度の半分になり、(授業料を払いながら)生活することが困難になった」、「アルバイトの求人が全然なくて困っている」、「学費、生活費、全てが自己負担でアルバイトを毎日してもお金がありません。仕送りもなく食べるものも買えません。(略)今月は十日で1000円〔で〕生活しています。今日はビスケット3枚食べられましたのでましです」など、来場者アンケートには、困窮を訴える肉声が複数つづられていました。

卒業論文を提出したばかりの4年生も、「このまま卒業して社会人になることにとても不安を覚えます」と、明るい将来を思い描けないでいることに胸が痛みます。

2016年の映画、イギリスのケン・ローチ監督による『わたしは、ダニエル・ブレイク』は、何度も観なおした作品です。(公式HP https://longride.jp/danielblake/

物語は、イギリスが舞台。初老の大工ダニエルは、心臓の病で働けなくなりますが、公的援助の申請がなかなかうまくいきません。そんな中、2人の子を抱えたシングルマザーのケイティと交流が生まれます。とはいえ、互いに明日の食べ物にも困窮する日々――。

やっとたどり着いたフードバンクで、ケイティは缶詰を手にします。空腹のあまり、その場で缶を開けてむさぼり食ってしまったケイティの、直後の泣きくずれる姿に、観る側も涙がとまりません。

ケイティは、少ない食べ物を子どもたちに与えていたので、自分の胃の中はからっぽだったのです。現代のこの文明社会で、必死に、正直に生きている一市民が、必死に生きているがゆえに飢えてしまうとは……。

前回のブログで、「国家とは、夜、子どもたちが、あったかーく、何の心配もしないで眠るためにある」と書きましたが、子どもたちだけではなく、大人たちも腹八分満たされ、あったかーくして眠れる国家であることを、いっそう願わずにはいられません。

田中 綾

頌春 子どもたちがあったかーく眠れる国を願って

新年のご挨拶を申し上げます。
昨年は世界的に揺れ動いた一年でしたが、そのような中でも、文学館への変わらぬご支援、あたたかなお心遣いとお力添えに、深く感謝申し上げます。

さて、昨年来、“新しい生活様式”という言葉も定着したようですが、「生活」という言葉そのものが気になってなりません。たとえば、日本国憲法第25条
「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」
生存権と、それに対する国家の社会的使命ですが、「健康で文化的な最低限度の生活」を送るには、食べものや住まいなどは欠かせないものでしょう。その欠かせないものに不自由を感じている若い世代が、少なからずいるのです。

ニュース報道もありましたが、新型コロナウイルスの影響で大学生のアルバイト収入が激減したり、実家からの仕送りを減らされるなど、若い世代の生活に変化が現れています。そのため、各大学や地域で、生活に困窮する学生たちに食糧支援をする動きも出てきました(注)。
私の勤務校でも、12月25日クリスマスの日に、教員有志で食糧支援の試みを行いました。(北海道新聞2020年12月26日(土)第四社会面で紹介されました)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/495937?fbclid=IwAR0bRU-WlIKWdamtH_0chx61Us19Ix8hiX5YNg0rPIfMZfFh_hT1gdiVzWo
5時間ほどの間に学生が260名近く訪れ、カンパなどで寄せられたお米やレトルトカレー、りんごなどを手に、年末年始の家へと帰って行きました。この国の将来を担う若者たちが、明日食べるものに不安を抱えている現状に、本当に胸が痛みます。

「お米、嬉しいです! 助かります!!」とお辞儀をして帰る学生たちを見ながら、私はふとこんなことを思い出していました。私が思う、揺るぎのない国家観です。
かつて私は、国家とは、戦争と外交のためにあると考えていました。けれども、20年ほど前にその考えは変わりました。太平洋戦争終戦後、旧満洲(現中国東北部)から家族で引き揚げてきた方のお話を伺ってからです。

「国家の使命とは、夜、子どもたちが、あったかーく、何の心配もしないで眠れる状態を保障することなんだよ」

引き揚げ当時十代半ばだったその方には、暖かな布団の中で安心して眠れる夜など、一度もなかったというのです。国家とは、夜、子どもたちが、あったかーく、何の心配もしないで眠るためにある――そんな国家であることを願いつつ、年明けも、学生に対する食糧支援を試みる予定です。

祈りながらの新たな一年。今年も、みなさまとともに、一歩ずつ歩んでまいりますね。

田中 綾

注:「バイト減り困窮、学生に食料配布 室蘭工大/北海道」『朝日新聞』朝刊2020年12月21日付
「コロナ禍の影響でアルバイト収入が激減して困っている学生を支援しようと、室蘭市の室蘭工業大学で20日、食料品が無償で配られた。大学側はレトルトカレーやカップ麺、餅など約2千円相当を千人分用意した。会場の体育館アリーナには午前10時前から数十人が並んだ。」(以下略)

河﨑秋子さんの4作目『鳩護』刊行

10月のこのブログでご紹介した河﨑秋子さん(三浦綾子文学賞受賞作家)、長編4作目となる『鳩護(はともり)』(徳間書店)が刊行され、さらに話題を集めています。

https://www.tokuma.jp/book/b535772.html

これまで〈河﨑ワールド〉に登場した動物たちは、馬、オオカミ、犬、クマなどでしたが、今回は「鳩」の物語。作中人物は、出版社に勤める小森椿、27歳の女性です。一人暮らしのベランダに真っ白な鳩が突然あらわれ、数日後、ナゾの男性から「鳩護」になるという使命が宣告され――
テンポ良く進む物語で、登場人物一人ひとりの個性も鮮やかです。たとえば、椿に「鳩護」を継承させた幣巻(ぬさまき)という中年男性が、高そうなレストランでキジバト料理に舌鼓を打つシーン。おそれおののく椿に、幣巻は

「好きだから食べる。食べられるから好き。食べられない鳩のことも好きだ。俺の中に矛盾はない」

と、断言。食べる側はひどい、食べられる側はかわいそう、という価値判断とは異なる視座を提示しています。

椿が、夢の中で代々の「鳩護」の記憶とリンクする描写は、G・ガルシア=マルケスが得意とした”マジックリアリズム”ふう。非日常と日常が融合し、ぐいっと引き込まれていきます。

「鳩」と言っても、公園で見かける土鳩のほか、伝書鳩や軍鳩もあります。靖国神社の遊就館前広場の「鳩魂塔」は、軍鳩の慰霊碑ですね。他方、「鳩」は平和の象徴でもあり、1964年の東京オリンピック開会式では8,000羽もの鳩が空に放たれました。実は、そこで1羽だけ取り残された鳩というエピソードが、『鳩護』では伏線になっています。

ちなみに、今年9月刊行の、小説トリッパー編集部編『25の短編小説』(朝日文庫)にも、河﨑秋子さんの短編「洞(ほら)ばなし」が掲載されています。

https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=22200

「洞」は、「ほら(ウソ)」でもあり、ホラーでもあり……あとを引き摺るようなこちらの読後感も、どうぞ味わってみてください。

田中 綾

文化の秋、講演の秋

文化の秋、講演の秋

秋は、講演や「出前講義」のシーズンです。今年は新型コロナウイルスの心配もあり、残念ながらキャンセルもいくつかありました。そんな中、先月は貴重な場をセッティングしていただけて、嬉しさのあまり、映像にも残してもらいました(ご笑覧ください)。

10月3日、紅葉一歩手前の、北海道十勝管内清水町。「清水町図書館開館30周年」を記念して、短歌創作ワークショップ「ふりがな一つで、短歌は活きる」を担当させていただきました。
とはいえ、え? 短歌に「ふりがな」?? 首をひねる方もいらっしゃるかもしれませんね。短歌の結社によっては、「ふりがな禁止」というところもあるのですが、日本の近代文学史を振り返ると、「ふりがな」は、とても豊かな活字文化の一つでした。
江戸時代、寺子屋などのおかげで、人々の識字率は意外にも高いものでした。漢字は読めなくても、そこに「ふりがな」をふれば、読み聞かせができる状態だったのです。
明治に入ると、人気の落語家・三遊亭円朝の『怪談牡丹燈籠』(明治17年)の速記録なども、すべて総ルビ=ふりがな付き。「陳列(ならべ)て」「必然(さだめし)」など、ちょっと気の利いたふりがな遣いもあり、明治の読者は、漢字とふりがなの両方を味わっていたのでした。

現代短歌でも、漢字とふりがなを活用した、遊び心あふれる作品が発表されています。

・子供とふ粗悪類なき舌の説くオイシイモノなり即席印度風辛味汁(レトルトカレー)
島田修三『東海憑曲集』より

これらの短歌を紹介しながら、受講のかたがたに、「私」「生命」にふりがなをふっていただきました。

ところで、みなさんは「私」にどのようなふりがなをふりますか……?
「あや(名前)」「オレさま」などのほか、「おかあさん」「センセイ」「おっちょこちょい」など、所属や性質をふりがなにしても、「私」を説明できますね。
人生とは、究極、「私」という概念にふりがなをふっていくことではないでしょうか。
人間関係によって「私」のふりがなは変わりますし、もしかすると、明日まったく新しい「私」を発見できるかもしれません。
短歌を通して〈自己発見〉してゆく――そんなワークショップを通じて、私自身も〈発見〉の可能性を実感しているところです。

10月27日には、北海道旭川永嶺高校(初訪問でした)で出前講義を担当させていただきました。テーマはまさに、「読んでみよう、三浦綾子――旭川出身のミリオンセラー作家の魅力――」。
実は、高校生にこのテーマでお話するのは初めてで、舞い上がってしまい、早口になってしまった1時間でした(反省)。『氷点』のあらすじを語ると、生徒さんたちの目がキラリと輝いたのが印象に残っています。”三浦綾子”の存在、関心をもってもらえたでしょうか?

ほか、年明けには、3月16日に労文協リレー講座「『非国民文学論』を上梓して」@北海道自治労会館(札幌市)
などがあります。

正直、お話はうまいほうではなく、どっと笑いを誘うような芸もできないのですが、私自身が〈発見〉して新鮮に感じたことをお伝えしています。今後も、”伝える”努力を重ねてまいりますね。

※文学の講演や、短歌ワークショップのお問い合わせ・お申し込みは、
北海道立文学館「出前講座」 http://www.h-bungaku.or.jp/event/demae.html
または、三浦綾子記念文学館(メール)へ直接ご連絡ください。
※高校生向けの「出前講座」のお問い合わせ・お申し込みはこちらへ。
https://www.hgu.jp/about/highschool-cooperation-program.html

田中 綾

河﨑秋子さん(三浦綾子文学賞受賞作家)の最新作、山田風太郎賞の候補に

作家・河﨑秋子さんの三浦綾子文学賞受賞作、『颶風(ぐふう)の王』(2015年)は、もうお読みになられたでしょうか。https://www.hyouten.net/?pid=91722402 3章からなり、明治から平成まで、6世代の人々が、「馬」とともに〈生きる〉力強い物語です。JRA賞馬事文化賞も受賞し、一気に注目を集めた作品でした。

その河﨑さんの3作目にあたる短編集『土に贖う』(2019年)は、すでに第39回新田次郎文学賞を受賞していますが、現在、第11回山田風太郎賞の候補作にもなっています。https://www.hyouten.net/?pid=152112144

『土に贖う』は、昭和の良質なプロレタリア文学をほうふつとさせ、さらに、ハードボイルドタッチの文体も魅力。個人的には最も好みなのですが、私が若い世代に勧めているのは、2作目の『肉弾』(2017年)。https://www.hyouten.net/?pid=131037597 2019年に、第21回大藪春彦賞を受賞した長編でもあります。

『肉弾』のストーリーには、「異界成長譚」のパターンが活用されています。そのパターンを箇条書きで示すと、

・「主人公(作中主体)」は主に未婚の若い青年。

・主人公が行動に出る=〈出発〉する(異界へ旅立つ)。

→異界ではさまざまな試練があり、難題が課せられるが、〈烙印〉が伏線となり、試練や難題は克服される。

・その通過儀礼を経て、〈変身〉=成長を遂げる。

つまり、青年が異界でもまれ、あがくうちに、援助者らの協力も得て「成長」を遂げるという物語。宮崎駿アニメなど、感動的な作品に見られる展開ともいえます。

『肉弾』の「主人公(作中主体)」は、関東在住の20代ニート「キミヤ」。父親に連れられ、北海道という〈異界〉で猟銃を握り、さまざまな試練を耐え抜きます。

最初は受身的なキミヤでしたが、父親が不在になったことで独立を余儀なくされ、そこから、飛躍的に力を発揮していきます。オオカミ犬のラウダたちに助けられつつ、ある大型の獣を仕留めることに成功! 青年キミヤから、一人前の男性「沢貴美也」へと変身=成長を遂げるのです。しかも、父親との葛藤を乗り越え、父親中心の社会からも解き放たれるところも読みどころでしょう。いくつかの犠牲をふまえ、自分の居場所を探しあてたあと、他者への優しさも生まれるのでした。

 

三浦綾子の小説との接点は、「生」への強力な導きでしょう。最終章の「狗命尽きず」に、「他の誰が望んでなくても、生きてやれ、お前ら。絶対に」というセリフもあるように、命の選別などはせず、「生」そのものに価値を置く発想が描かれています。読み終わったあとの達成感、快さは格別です。

それにしても、著書3冊がすべて大きな受賞している河﨑秋子さん、本当に今“旬”の、話題の作家ですね。山田風太郎賞の発表は10月16日。みなさんと一緒に応援しながら、その日を待ちたいと思います。

※河﨑秋子さんの、北海道新聞電子版連載コラム「元羊飼いのつぶやき」は、こちらからどうぞ→ https://www.hokkaido-np.co.jp/column/c_weekly_column/akiko_kawasaki/

 田中 綾

三浦綾子の小説を、AIが解析!?

人工知能(AI)が、俳句を自動的に作る! AI俳句「一茶くん」プロジェクトはご存じでしょうか。

https://www.s-ail.org/works/aihaiku/

俳句や短歌、さらにはSF短編などをAIが自動で「出力」する試みは、実は、ずいぶん前から取り組まれています。しかも、小説をテキストデータとみなして解析するというツールも公開されています。

その中の1つ、株式会社ユーザーローカルによる「AIテキストマイニング」。無料版は、インターネットでアクセスでき、誰でも使用することができます。

https://textmining.userlocal.jp/

検索するとすぐに「解析したいテキストを入力する」ページが現れるので、そこに、たとえば三浦綾子の『泥流地帯』の文章の一部を入力してみましょう。
図・1のように、「ワードクラウド」の提示や、「共起キーワード」の図示、加えて単語の色分けや、出現傾向の似た単語の樹形図も示してくれます。

文学研究として興味深いのは、「単語出現頻度」(図・2)ですね。使用された名詞と動詞、さらに形容詞と感動詞も分類して可視化してくれるので、その小説の語彙の特徴や、作家の文体研究の手がかりにもなりそうです。

今回の入力箇所は、大音響が迫るあの「山津波」のシーンなので、「向う」「流れる」「逃げる」「呑みこむ」など、「動詞」が多く使われていることがわかります。

もちろんこの無料版には限界があるのですが、読書会などでの話題づくり、また、小説を通したコミュニケーションの糸口として、興味深いツールと感じています。
ご自分の文章も解析できますので、一度、試してみてはいかがでしょう。

田中 綾

※今回、解析した文章は、三浦綾子『泥流地帯』「轟音」のこちらの部分です(新潮文庫、52刷より。675文字)。

拓一と耕作の目が恐怖におののいた。
「じっちゃーん! 山津波だあーっ! 早く山さ逃げれーっ!」
 二人の足ががくがくとふるえた。
「何いーっ!? 山津波―っ?」
「早く早く、早く逃げれーっ!」
 二人は声を限りに絶叫する。市三郎が家に向って何か叫び、キワと良子がころげるように飛び出して来た。三人が山に向って走り出す。それがもどかしいほどに遅く見える。
「ばっちゃーん、がんばれーっ!」
「良子―っ、早く早くうーっ!」
大音響が迫る。市三郎たち三人がようやく山道に辿りつく。ハッと吾に帰って、拓一と耕作が山道を駆け出す。が、山津波の襲来は早かった。
「ドドーン」
「ドドーン」
 大音響を山にこだましながら、見る間に山津波は眼下に押し迫り、三人の姿を呑みこんだ。
 拓一と耕作は呆然と突っ立った。丈余の泥流が、釜の中の湯のように沸(たぎ)り、躍り、狂い、山裾の木を根こそぎ抉(えぐ)る。バリバリと音を立てて、木々が次々に濁流の中に落ちこんでいく。樹皮も枝も剥がし取られた何百何千の木が、とんぼ返りを打って上から流されてくる。
と、瞬時に泥流は二丈三丈とせり上って山合を埋め尽くす。家が流れる。馬が流れる。鶏が流れる。人が浮き沈む。
「ばっちゃーん! じっちゃーん! 良子ーっ!」
二人の声が凄まじい轟音にかき消される。拓一がふり返りながら、合羽を脱いだ。
「耕作、おれ助けに行くっ!」
「危ないっ! 兄ちゃん、駄目だっ! 兄ちゃんが死ぬっ!」
「死んでもいいっ! 耕作、お前は母ちゃんに孝行せっ!」
言ったかと思うと、拓一は泥流に向って駆け降りた。

『泥流地帯』映画化、こんなキャスティングはいかがでしょう?

上富良野町さんの『泥流地帯』映画化プロジェクトhttp://www.town.kamifurano.hokkaido.jp/index.php?id=2137
公式ツイッター https://twitter.com/deiryu_chitai
も更新が多く、今後もますます楽しみですね。

さて、勤務先の大学での、三浦綾子の作品を読む全15回授業も無事に終わりました。今、期末レポートの採点中なのですが、今年のメインは『泥流地帯』『続泥流地帯』。せっかく全員で読み終えたので、映画化にあたって、“勝手に応援! キャスティングアンケート”も実施してみました。
回答してくれたのは、3,4年生の約90人です。以下、20歳前後の学生たちの選択眼がなかなか興味深いので、ご覧ください~

※すべて敬称略です

【拓一】
吉沢亮 窪田正孝 坂口健太郎 佐藤健 鈴木亮平 瀬戸康史 山崎賢人 岡田将生
工藤阿須加 玉木宏 妻夫木聡 菅田将暉 松坂桃李 間宮祥太郎 千葉雄大
阿部サダヲ 小栗旬 竹内涼真 北村匠海 桐谷健太 藤原竜也
西島秀俊さんが若返って欲しい 草刈正雄 泉政行

【耕作】
田中圭 星野源 竹内涼真 菅田将暉 山崎賢人 窪田正孝 松坂桃李 神木隆之介
中川大志 向井理 綾野剛 山田裕貴 福士蒼汰 北村匠海 松田龍平 風間俊介
伊藤健太郎

【福子】
上白石萌歌 上白石萌音 森七菜 松本ほのか 広瀬姉妹 広瀬すず 松岡茉優
石橋静河 黒木華 前田敦子 浜辺美波 高畑充希 川口春奈 吉岡里穂 松下菜緒
有村架純 永野芽郁 水川あさみ 芳根京子 清原果耶 山本美月 土屋太鳳
小芝風花 杉咲花

【節子】
今田美桜 杉咲花 大政絢 広瀬姉妹 小松菜奈 吉岡里帆 山口紗弥加 永野芽郁
長澤まさみ 松岡茉優 吉川愛 高畑充希 中条あやみ 山賀琴子 川口春奈 門脇麦
石原さとみ 常盤貴子 綾瀬はるか

【吉田村長を、もしもチーム・ナックスのメンバーが演じるとしたら……?】
・大泉洋・・・30.5%
・森崎博之・・・28.4%
・安田顕&音尾琢真・・・各17.9%
・戸次重幸・・・5.3%

【熱心な受講生より、おまけ】
拓一と耕作の姉「富」→ 山口紗弥加
節子の父「深城鎌治」→ 遠藤憲一

また、「北海道ゆかりの俳優さんで固めてほしい!」という要望もいくつかありました。
私が想像したキャスティングも、上の中にほぼ入っているのですが、節子は、まったくの新人さんのデビュー作にしてほしいなあ、とも願っています。
みなさんのキャスティングの予想はいかがでしょうか・・・?

田中 綾

菱谷良一氏ご講演「『生活図画事件』を語る」

菱谷良一氏ご講演「『生活図画事件』を語る」

6月27日、文学館にて、菱谷良一さんのお話をうかがいました。

1941(昭和16)年9月20日、北海道旭川師範学校(現・北海道教育大学旭川校)の美術部員だった菱谷さんのもとに、特高警察が訪れました。卒業制作に描いた作品が、治安維持法に違反すると見なされたのです。部員ら26人が一斉検挙、拘禁されました。

まだ20歳にもならない有望な学生が、冤罪で、1年3カ月もの刑務所生活を送ることに。菱谷さんは長男でもあり、母親の心労は計り知れないものでもあったでしょう。

仮釈放ののちの、紀元節(2月11日)の日。奮い立った菱谷さんは、自画像を描きました。妹さんの赤い帽子をかぶった自画像。それは、精一杯の抵抗を示したものでした。

現在開催中の「終戦75年」企画展には「生活図画事件」コーナーもあり、講演収録後、さっそくご観覧いただきました。菱谷さんの『生活図画事件 獄中記』の展示はもちろん、当時の旭川師範学校美術部の顧問「熊田先生」=熊田満佐吾氏の書簡(『銃口』読後感)や、熊田氏の絵画集、さらに、ご著書『青年の顔 美術教師の80年』の展示もあり、菱谷さんは熱心にご覧になっていました。

また、同じ美術部員で、すぐれた読書家であったという鏡栄さんには、三浦夫妻が『銃口』を書く際に取材をしていました。その「創作ノート」に菱谷さんのお名前もメモされており、菱谷さんは立ち止まります――。

そして、菱谷さんの、ため息。

『銃口』で描かれた「生活綴方教育連盟事件」のほうは、弁護士も尽力していたのに対し、「生活図画事件」はそれもなく、若い学生の心身を1年数カ月も拘束したのです。この理不尽。

菱谷さんは、それを若い人々にも伝えるべく、講演や取材に熱心に取り組んでおられます。支援する方々は全国におられ、実は当日も、You Tubeへの感想を多くいただきました。

その後、兵役のエピソードや、20年続けた海外旅行でのスケッチ、画集のモチーフなど、お話は尽きず、お見送りも名残惜しさでいっぱいでした……。

来年はかぞえで100歳になられる菱谷さん。個展と、画集の出版も予定されているそうです。今回の菱谷さんのお話、周囲の方々にもおすすめくださると幸いです。

田中 綾