本坊元児さん『プロレタリア芸人』と、マハトマ・ガンジー

多くの方々に支えられ、拙著『書棚から歌を 2015-2020』が、「しまふくろう新書」(北海学園大学出版会)から刊行されました。文学館WEBショップでも扱っております。

https://www.hyouten.net/?pid=164624354

短歌が引用されている本だけを紹介するという、“しばり”のあるブックガイドですが、実は1冊だけ、短歌が引用されていない本もご紹介しています(前著『書棚から歌を』深夜叢書社、2015年の時はひそかに数冊ありましたが、笑)。

どうしても読者に伝えたく、他の歌集の短歌と抱き合わせる形で紹介したのは、本坊元児さんの『プロレタリア芸人』(扶桑社文庫、2021年)。吉本興業所属「ソラシド」のボケ担当、本坊さんの著書です。

https://www.fusosha.co.jp/books/detail/9784594088187

愛媛県松山市出身の本坊さんは、20代30代を、アルバイトや派遣労働をしながらお笑いに打ち込んだそうですが、芸人としての仕事はほぼゼロ。フリーの「大工」をしながら、労働にまつわるライブトークを行った体験などが、読みやすく書かれています。

具体的な仕事内容や、先輩たちの誇らしい姿が臨場感たっぷりに描かれ、観察眼のしっかりした書き手だなあ、という印象です。

残念ながら私自身はお笑いにうといのですが、「元児(がんじ)」という名前がマハトマ・ガンジーに由来し、ご本人が要所要所でそれを思い出す箇所にも心ひかれました。

それにしても、労働とは何ぞや。

私の名前の由来であるマハトマ・ガンジーの提唱する七つの社会的大罪のひとつに、労働なき富とあります。

世間の知らぬ二十歳の頃、労働なき富とは大家さんの家賃収入のことだと思っていました。成人男性の世間知らずは、それこそ社会悪ですね。

 (略 建設現場で黙々と働く荷揚げ屋さんの話題にふれる)

ブルーカラーやホワイトカラーといった嫌な言葉のある時代。インテリ太郎やブルジョアさんは、そんな仕事をしているのはそいつ自身のせいだと言う。

でも、必要なんだぜ!

誰かが運ばないといけないんだぜ!

建物の数だけ労働があったんだぜ!

だから、そんなことを言わないで欲しいんだ。必要な歯車なんだ。尊いものなんだ。

本坊元児『プロレタリア芸人』より

 

必要な労働、尊い労働のおかげで日々の生活が成り立っていることは、covid-19禍のただ中を生きる私たちが、あらためて実感したものでもありますね。

その本坊元児さんは、2018年秋、吉本興業の地域密着型プロジェクト「あなたの街に“住みます”プロジェクト」の「山形県住みます芸人」に就任。山形県西川町の古民家に移住し、畑と竹林を“月100円”で借りて、農業に取り組んでいるそうです。

You Tubeで、折々「本坊ファーム」での活動が報告されていますが、身体を張っての“労働”こそ、本坊さんの“芸”そのものなのでしょう。

田中 綾

今年も、講演の秋

明治学院大学 キリスト教研究所サイト(アジアキリスト教歴史文化講義シリーズ)

今年の秋も、講演や「出前講義」のお声を掛けていただきました。入念な感染対策なども講じてくださり、ご関係各位にあらためて感謝申し上げます。

10月26日は、明治学院大学キリスト教研究所のオンライン講座「アジアキリスト教歴史文化講義」で、「三浦綾子がキリスト教に出逢うまで――若き日の短歌を中心に」という題でお話させていただきました。

http://www.meijigakuin.ac.jp/~kiriken/event/%e3%82%a2%e3%82%b8%e3%82%a2%e3%82%ad%e3%83%aa%e3%82%b9%e3%83%88%e6%95%99%e6%ad%b4%e5%8f%b2%e6%96%87%e5%8c%96%e8%ac%9b%e7%be%a9%e3%82%b7%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%82%ba%ef%bc%88%e7%a7%8b%e5%ad%a6%e6%9c%9f/

残念ながらキリスト教についてはまったく語れませんので、聖書と出合う以前の、堀田(旧姓)綾子の短歌を中心にお話しました。

資料を作りながら、ふと思いつくことがありました。戦後、病と婚約破棄で虚無的な状態にあった綾子は、自分の内面を語る「ことば」を渇望していたのではないか、という仮説です。

自伝的小説の『石ころのうた』でも、こんな場面がありました。小学校の教員である綾子が、高等科の男子生徒で早熟な「N」から、「この頃、時々死にたくなるんです」と打ち明けられます。けれども当時の綾子は、「わたしはNの言葉に、結局は何ともいえなかった」のでした。想いはあっても、語るべき自分の「ことば」を持ち合わせていなかったのでしょう。

また、10人きょうだい(1人は夭折)の中で生まれ育った綾子ですが、親しかった姉(のちに歌人)は読書好きで、すでにみずからを語る「ことば」を持っていたようでした。それに対して、まだ、自分なりの言語の獲得途上だった綾子。そんな綾子が、前川正から聖書を読むことと短歌を作ることを教わり、「ことば」を獲得していったことが、のちの作家活動につながったのではないでしょうか。

「聖書」はまさに、「ことば」の世界。また、短歌は制限のある定型に「ことば」をあてはめていくもの。その2つの「ことば」獲得に導いた前川正は、やはり重要な存在であったこともあらためてうかがえました。

10月29日は、市立札幌藻岩高校での出前講義でした。「小説のヒミツ、おしえます。――「顔」をキーワードに」。さて、内容は? ここでは「ヒミツ」です(笑)。

藻岩高校さんからは毎年のようにお声を掛けていただき、もう6、7年目になっています。高校の授業時間は45分か50分ですが、いきなり80分の講義を「出前」するので、生徒さんも忍耐力が必要。図版を用い、クイズや線を引くなどの手作業も取り入れて、文学の楽しさをお伝えしてきました。

 10月31日は、「文字・活字文化の日」講演会として、札幌にある北海道立文学館で、「心を癒す短歌――コロナ禍、天災等を生きる私たちへ、「うた」からのメッセージ」という長いタイトルでお話させていただきました。

http://www.h-bungaku.or.jp/event/seminar.html

 古くから、和歌には死者の魂を鎮め、火山を鎮めるような役割もありました。現代短歌でも、天災や人災を歌うなかで“癒し”につながる要素があることを、短歌穴埋めクイズなども楽しみつつお話したところです。

 オンライン講演と対面での講演――どちらにもそれぞれプラスの面があり、ウィズ・コロナの来年も、どちらにもお応えできるよう備えていきたいと思います。

※文学の講演や、短歌ワークショップのお問い合わせ・お申し込みは、
北海道立文学館「出前講座」 http://www.h-bungaku.or.jp/event/demae.html
または、三浦綾子記念文学館(メール)へ直接ご連絡ください。
※高校生向けの「出前講義」のお問い合わせ・お申し込みはこちらへ。https://www.hgu.jp/corporate/

田中 綾

「ほめことば」の達人

『ほめことばの事典』榛谷泰明編 白水社

小説を読み味わうポイントはさまざまですが、個人的には、ストーリー以上に、文体やレトリックに関心があります。そのため、比喩事典やオノマトペの辞典などを眺めることも楽しみの1つです。
榛谷(はんがい)泰明編『レトリカ 比喩表現事典』(白水社、1988年)は、学生時代に図書館でよく読んだ1冊でした。同じ榛谷泰明編の『ほめことばの事典』(白水社、2005年)https://www.hakusuisha.co.jp/book/b204062.html
は、刊行後すぐに購入したのですが、久々にひらいたところ、なんと、三浦綾子の小説からの引用が多いことに気付かされました(今さらですが……)。

10例が引用され、カテゴリーとしては、「おだて」「女が女を」「求愛」「心」「少女」「茶室」「妻」「発見」「微笑」「恋着」。
『塩狩峠』や『泥流地帯』などのほか、『帰りこぬ風』『果て遠き丘』『広き迷路』などからも引用され、榛谷氏が丁寧に目を通されたことがうかがえます。
その中で、三浦綾子の小説にこんな「ほめことば」があったのか、とあらためて注目したのがこちらでした。

「あんな素敵な人が、他にいると思って? 札幌中探してもいないわ。エレガントな、あの妖しいような美しい人が」
「でもね、早苗さん。ぼくは、あの子よりずっとテンダーハートの、ほっと憩わせてくれる女性を知ったんです。――その子に会っていると、ぼくは五体のこわばりが消えるんだ。やさしくって、無邪気で、愛らしくって。男は誰だって奈津子とその子を比べたら、その子と結婚したいと思うだろうね」
「そんな女性が札幌にいるんですか」
「早苗ちゃん、その人はね、今、ぼくの目の前にいる」
(高校の沢先生と早苗の会話。早苗は沢が奈津子を愛してると思っている。『石の森』)
https://www.hyouten.com/hajimeno-ippo/25_ishinomori

カテゴリーは「求愛」。集英社文庫版の『石の森』では92~93ページからの抄出ですが、「テンダーハートの、ほっと憩わせてくれる女性」「五体のこわばりが消える」といった表現は、くすぐったいですが、多幸感をもたらす嬉しい「ほめことば」でしょうか。

ちなみに、この『ほめことばの事典』の帯文は、瀬戸内寂聴さんによるものです。

ほめことばには愛の裏付けがある。
だから人は
ほめことばに酔わされ幸福になる。   瀬戸内寂聴

三浦綾子と同年生まれの瀬戸内寂聴さんは25例も引用され、三島由紀夫も同じく25例でした。西欧の小説に比べ、日本の小説では歯の浮くようなほめことばは多くないようですが、では誰が日本一のほめことばの達人? そんな観点から、小説を味わうのも一興ですね。

田中 綾

田辺聖子の戦時下日記

文藝春秋 2021年7月号

「おせいさん」こと田辺聖子と、三浦綾子との接点は?
1つ目は、「1964年」が記念の年ということ。そう、三浦綾子が「氷点」で朝日新聞一千万円懸賞小説に入選した年です。この年の1月、田辺聖子は、「感傷旅行(センチメンタル・ジャーニイ)」https://www.kadokawa.co.jp/product/301301000405/
で第50回芥川賞を受賞し、こちらも話題になっていました。
 もう1つ接点を探すとすれば、失礼かもしれませんが、結婚した年齢でしょうか。綾子は37歳、田辺聖子は38歳。当時としては、高齢での初婚というところも、不思議な縁がありそうです。

三浦綾子より6歳下にあたる田辺聖子は、1928年、大阪市生まれ。2019年に亡くなり、先日、3回忌を記念して戦時下の日記が発表されました。「十八歳の日の記録」(「文藝春秋」2021年7月特別号)です。
https://bunshun.jp/articles/-/46011

終戦の1945年当時、田辺聖子は満17歳(数えで18歳)。樟蔭女子専門学校(現、大阪樟蔭女子大学)の国文科2年生でした。学徒動員で、伊丹近くの飛行機部品工場で働いたのですが、その企業名が「グンゼ(郡是)」だったことも、時代性が感じられます。
10代ですでに小説を書いており、当時は「エスガイの子」という小説を書いていたとか。「エスガイ」はテムジン(ジンギスカン)の父の名前なので、歴史小説か、大陸を舞台とした冒険小説だったのでしょう。

日記は、等身大の言葉で書かれていました。写真館を経営する父が病気になり、しかも、大阪大空襲で自宅が焼け、これまでの原稿やノートが焼失……そのショックの中でも、たえず向学心を抱いていたところが読みどころの1つです。
田辺聖子は長女で、弟と妹がいました。日記でとても切なく感じたのは、敗戦後の女子教育に対する不安を述べた箇所でした。

1945年8月17日
(略)また、女子の教育も今までは戦争で男子を取られて女子が後をしなくてはならなかったが、これからは男子は戦争から帰ってくるから、女子は元のように家庭ヘ帰るべきである、と。
私はどうすればいいのか。
成るようにしかなるまい。

当時、男性が兵役で不在のあとを、女性たちが代わって、工場労働やさまざまな職に就いてきました。戦争のおかげで女性の就労の機会が増えた、という皮肉な歴史があったのです。
戦争が終わってほっとしたものの、田辺聖子は、女性の学びや就労について、危機感を抱いていたようですね。その辺りは、同年代のほかの人々の日記とも読み比べたいところです。

「十八歳の日の記録」は、この秋、単行本が刊行される予定とのこと。秋の夜長の読書にいかがでしょう。

田中 綾

旭川出身の白石和彌監督の新作『孤狼の血  LEVEL2』

『盤上の向日葵柚月裕子(中公文庫)

7月28日に、旭川出身の映画監督・白石和彌さんと、作家の柚月裕子さんをお迎えした特別講義が勤務校で行われました。「日本映画論」という科目の最終日で、十分に感染対策を行ったうえで、私も参加させてもらいました。


https://www.yomiuri.co.jp/local/hokkaido/news/20210729-OYTNT50119/
(読売新聞北海道版、2021年7月30日付)

8月20日公開の新作『孤狼の血 LEVEL2』https://www.korou.jp/ 制作秘話など、
さまざまなお話をうかがえましたが、やはり気になるのは、旭川について。

白石監督は、旭川西高校のご出身。その下の学年に、『孤狼の血』シリーズにも出演している音尾琢真さん(TEAM NACS)がいたそうです。そう、われらが三浦文学館公式キャラクター・レイ(旭川西高校卒業という設定)は、白石監督と音尾さんの「後輩」にあたるのです!


白石監督が映画に興味を持ったのは、そんな旭川時代だったそうです。祖父母の食堂が旭川市内のバス停の近くにあり、場所がら、よく映画館からポスターを貼らせてほしいという依頼があったとか。ポスターを貼ると謝礼に招待券が2枚もらえたので、子どものころから家族と一緒に映画館に足を運んでいたそうです。


そして、音尾琢真さんがはじめて白石作品に出演したのは、北海道警察が舞台の『日本で一番悪い奴ら』(2016年)。以降、「白石組」の常連とも言える存在となり、味のある小市民役から、悪役(といっても、どこか憎めない)まで、幅広く演じておられます。
 
 さて、「このミステリーがすごい!」大賞はじめ、大藪春彦賞、日本推理作家協会賞など数多くの賞を受賞されている柚月裕子さん。美しく凛と響きわたる声で、一瞬のうちに会場を魅了していました。


「孤狼の血」シリーズの2作目、『凶犬の眼』(角川文庫、2018年)https://www.kadokawa.co.jp/product/321908000080/


は、冒頭から旭川刑務所のシーンです。失礼を承知で、実際に足を運ばれたのかうかがったところ、「小説にとって重要な場所は、三度訪れます」と……!


ミステリー作家にとって、舞台となる場所は、説得力のためにもたいへん重要なもの。物語にふさわしい空気感を描き出すため、三度も訪れて確認されるのだそうです。


旭川刑務所へはレンタカーを借りて近くで駐め、その「場」の空気感をじっくりと確認されたとか。その後、旭山動物園を楽しみ、旭川のグルメも味わったそうです。柚月作品の魅力の1つに、その土地土地のグルメ描写もあるのですが、なるほど、実際にご当地で舌鼓をうった逸品を登場させているのですね。

柚木さんの長編ミステリ『盤上の向日葵』(中公文庫、2020年)も、“推し”の1つです。

https://www.chuko.co.jp/special/banjo/


将棋界を舞台とし、重要な土地として描かれたのは、山形県天童市。将棋駒の生産日本一の地で、三浦光世がその天童市で入手し、愛用した将棋盤は、三浦文学館でも展示しています。


登場人物一人ひとりに両親がおり、そして祖父母がおり、長い長い履歴があることを実感させる『盤上の向日葵』は、三浦文学ファンに親しみやすい感動作です。ぜひ、ご一読ください。

田中 綾

三浦綾子の「凄い語彙力」

『文豪の凄い語彙力』(新潮文庫、2021年)

文庫本の新刊コーナーをのぞくと、山口謠司さんの『文豪の凄い語彙力』(新潮文庫、2021年)https://www.shinchosha.co.jp/book/102861/ が目にとまりました。2018年刊行の話題の書が、この度文庫化されたのです。

4章立てで、63の言葉が紹介されていますが、その第3章に三浦綾子も取り上げられていました。「招聘(しょうへい)」という言葉についてです。

肉親のきょうだいにもまして愛してきた教会員たちであるだけに、去らねばならぬと心に決めてから、神に祈りを捧げてきた。その祈りへの神の応答が、今、ここに招聘の言葉となって示されたのである。保郎は、尚深く祈らねばならぬと思った。三浦綾子『ちいろば先生物語』

山口氏の解説で、なるほど、と膝を打ったのは、「招聘」という漢字の成り立ちでした。よくよく字面を見ると、「手」「口」「耳」が入っているのですね。身体のあちこちを使って、「心を尽くして相手を大切にお迎えする」のが「招聘」だということです。

また、ただ「招く」だけではなく「聘」の字も用いられているのは、「大きくて見えない何かが降りてくるのを、『耳』をすませてお招きするのが『聘』の字の意味」だから、とのこと。その解説にも深くうなずかされます。

三浦綾子のほかに紹介された「文豪」とその「語彙」は、たとえば、吉川英治の「秀雅」、石牟礼道子の「緩徐」、夏目漱石の「出立(しゅったつ)」など。

そんな中、個人的に私が好む言葉は「謦咳(けいがい)」(横溝正史)です。

わたしこそ一度先生のご謦咳に接したいと思っていたところでした。横溝正史『スペードの女王』

「直接お目にかかる」という意味の「謦咳」ですが、「謦(日常ふっと喉から漏れる、ささやかな音)」と「咳(大きなゴホンゴホンというせき)」の組み合わせで、小さな音から大きな音まで、「日常のふるまい全般」を表すのだとか。

ソーシャル・ディスタンスに気を遣い、マスク越しの声しか聞き取れない今、あこがれの方の声や立ち居ふるまいに接したいという願いは、ますます募るものですね。
こんな時にこそ、文豪たちの「謦咳」に、文字を通してだけでも接したいとあらためて感じます。

田中 綾

新聞小説ってなんですか?

「三浦綾子の『氷点』や『泥流地帯』は、いわゆる新聞小説でした」と授業で話したところ、学生から素朴な質問がありました――「新聞小説ってなんですか?」。
はっとして聞き返したところ、「新聞小説」なるものを、時事問題やニュースを盛り込んだ小説かと思ったそうなのです。なるほど、日ごろ新聞を手にしていない学生には、新聞の連載小説という存在自体が遠いものなのですね。

そこで、学生たちが新聞に日常的に接しているか、アンケートをとってみました。実施日は2021年5月14、15日。回答数は106 件で、対象は大学3,4年生。社会人が数人混じっています。

アンケートのタイトル:【新聞を購読していますか?】

・購読している(家族が) 55人 51.9%
・購読している(自分で)  2人 1.9%
・時々、コンビニなどで買う 1人 0.9%
・家族が購読しているのですが、家族会員制を利用して電子版を利用させてもらっています。  1人 0.9%
・購読はしていないが、新聞社のネットニュースをよく読んでいる。  40人 37.7%
・購読はしていないが、図書館などで読んでいる。 3人 2.8%
・読まない。また意図的に遮断している。 1人 0.9%
・購読していなく、読んでいない。  1人 0.9%
・新聞は買っていないし、読んでません。ヤフーニュースなどはみます。 1人 0.9%
・Lineニュースはよく見ています。 1人 0.9%

以前から言われてはいましたが、若い世代のほぼ半数が、家庭で新聞紙に触れていないようですね。もしかすると今後、「え? 新聞って紙なんですか?」という世代が登場するかもしれません(?)。

メディアとしての新聞は、今後さまざまな変化もあるでしょうが、「新聞小説」というジャンルは、日本近代文学史においてたいへん重要な存在です。その歴史を振り返るときに参考になるのが、こちらの2冊です。

・関 肇『新聞小説の時代 メディア・読者・メロドラマ』新曜社、2007年
https://www.shin-yo-sha.co.jp/book/b455922.html

・東海大学文学部叢書『新聞小説の魅力』東海大学出版会、2011年
https://www.press.tokai.ac.jp/bookdetail.jsp?isbn_code=ISBN978-4-486-01915-2

そもそも、明治以降の「新聞」の魅力は、「読みもの」「続きもの」「おもしろいもの」でした。毎日届けられる、わくわくする娯楽(しかも、挿絵つき!)で、識字率の高い日本の読者の、ニーズと嗜好に合った媒体だったのですね。

“文豪”として教科書でも採択率の高い夏目漱石は、プロの“新聞小説家”でしたし(朝日新聞)、尾崎紅葉『金色夜叉』(読売新聞)、徳富蘆花『不如帰』(國民新聞)、昭和では松本清張『砂の器』(読売新聞)、平成では渡辺淳一『失楽園』(日本経済新聞)など、ベストセラー小説を生み出す磁場でもありました。

今後、文学史用語として「新聞小説」は残るはずですが、その魅力、影響力も、丁寧に説明していかなければと襟を正しています。

田中 綾

〈お仕事小説〉というジャンル――May Dayに寄せて

先月4月1日から公開が始まった、北海道の労働情報の発信と交流のプラットホーム(サイト名は未設定)に、学生アルバイト短歌や、労働にまつわる書籍の書評を寄稿しています。

http://roudou-navi.org/


教育、奨学金、働き方改革、労働時間、保育など、さまざまなキーワードの記事がアップされていますが、著者紹介のプロフィールには、
「田中綾:札幌市生まれ。高校時代からさまざまなアルバイト、パートを体験し、働く人々の短歌、創作活動も研究テーマにしています。旭川市出身の作家・三浦綾子が、エッセンシャル・ワーカーを多く描いていたことにも注目し、道内各地で講演も行っています。」
と書いておきました。

 思い返せば、三十代後半まで、文筆業をしながら複数の職を掛け持ちしていました。TELオペレーター、販売・接客(菓子店、ラーメン店、JRA馬券売り場、飲み屋)、添削指導員、教育関連(家庭教師、採点、教材作成補助、テープ起こし)、生命保険外交員等々……。かつかつの収入ながら、先輩たちにも恵まれ、働きがいを感じて暮らしてきました。

それもあってか、以前から女性作家による〈お仕事小説〉に着目しています。芥川賞作家・津村記久子の『この世にたやすい仕事はない』(2015年)小論なども発表したことがありますが、おすすめの3冊を挙げるなら、

津村記久子『ポトスライムの舟』(講談社、2009年)=29歳、工場勤務の女性、年収163万円。かつかつ。でも、周囲の人々と助け合い、働き続けてゆく。


夏石鈴子『いらっしゃいませ』(朝日新聞社、2003年)=どんな客でも笑顔で対応しなくてはならない受付嬢。ストレス発散は、どす黒いペデュキュアを塗ること。感情労働の描写が秀逸。


小山田浩子『工場』(新潮社、2013年)=契約社員の女性。仕事は、10数台のシュレッダーでひたすら書類を粉砕すること(!)。いったいこの「工場」とは――。

桐野夏生、角田光代、三浦しをんら、現代の〈お仕事小説〉にも読みどころが多いのですが、三浦綾子作品に登場する職業も〈お仕事小説〉のジャンルの中で再考してはどうか、と考えています。
三浦作品の登場人物の職業といえば、公共交通機関の職員(『塩狩峠』)、看護師(『帰りこぬ風』)、教員(『積木の箱』 『銃口』など)、など、コロナ禍で注目された「エッセンシャル・ワーカー(Essential Worker)」も少なくありません。

また、見過ごしてはならないのは、家事労働という〈お仕事〉でしょう。エッセンシャル・ワークのうち、いくつかは家事労働が外注化されたものであることも、あらためて確認しておきたいところです。
3度目の緊急事態宣言で、「ステイホーム」が呼び掛けられていますが、家事労働の負担に偏りが出ませんように――。

田中 綾

歌われた〈三浦綾子記念文学館〉

新型コロナウイルス感染拡大の影響により、昨年末から臨時休館しておりましたが、おかげさまで、4月1日から無事に展示等を再開しております。
休館中は、収蔵資料の確認などもして、あらためて〈文学館〉という場について考える時間をいただきました。
さて、実は〈文学館〉、そして〈三浦綾子記念文学館〉は、歌語でもあります。現代の歌人たちの作品に登場していますので、今回は、札幌市在住の阿知良光治(あちら・みつはる)さんの歌集をご紹介しましょう。

阿知良光治さんは、1944(昭和19)年、中国東北部の吉林省に生まれ、戦後、家族で札幌市に引き揚げてこられたそうです。北海道教育大学岩見沢分校に入学後、歌誌「アララギ」「北海道アララギ」に入会し、長く作歌を続けておられます。「アララギ」は1997年に終刊となりましたが、翌年、「新アララギ」が創刊され、入会。「アララギ」時代から、三浦光世とは“歌友”ということになるでしょうか。

第1歌集『航跡』(木犀社、2006年)巻末の年譜によると、札幌市内の小学校の教員、教頭、校長を歴任。2005年に定年退職され、現在は「北海道アララギ」発行人をつとめておられます。

さて、阿知良さんの第2歌集『寂寥の街』(旭図書刊行センター、2019年)は、第34回北海道新聞短歌賞の佳作受賞歌集ですが、その中に、三浦綾子に関する連作がありました。

・三浦綾子逝きて十年記念展に圧倒さるるその存在感
・病むほどにペンが冴えるか『泥流地帯』膨大な原稿の前に佇む
・遺作となりし『銃口』に見る教師像懺悔のこころをペンに託しぬ
・吾が胸にいまだ解けざる無償の愛『塩狩峠』を読みて暁 (以上、p94、95)

・秋の日のなかにひつそりと建ちてあり三浦綾子記念文学館は
・三浦綾子の唯一の歌集『いとしい時間』書架のなかに控へめにあり
・ウッドチップ敷き詰められし見本林妻伴へば秋がにほへり
・どこまでも続く美瑛川の堤防を少し汗ばみ妻の付き来る
・ストローブマツに絡まるツタの葉は色づき早しこの見本林に (以上、p109、110)

三浦作品の読後感に加え、秋の色づく見本林と文学館の展示、そして何より、「妻」との愛すべき時間を過ごされたことが伝わってきます。

歌われた〈三浦綾子記念文学館〉――ほかにも、さまざまな歌集で“発見”できましたので、折々紹介していきたいと思います。
また、みなさまも、「こんな歌がありましたよ!」などの情報をどうぞお寄せください。

田中 綾

追伸:当文学館WEBショップでは、かわいいデザインの「氷点の森のリス(びっくり!)」「氷点の森のリス(カレッジ)」グッズなど、新製品がお目見えしています~びっくりリスちゃんのスマホケース、目下の私のお気に入りでもあります。
https://suzuri.jp/hyouten

テレビドラマ『羽音』

短篇小説『羽音』

短編集『病めるときも』に収録されている、『羽音』という小説を覚えていらっしゃるでしょうか。1969年に『小説女性』に掲載された、家庭と愛をめぐる短編です。(三浦綾子記念文学館公式サイト『羽音』はじめの一歩 https://www.hyouten.com/hajimeno-ippo/08_haoto

『羽音』は、『病めるときも』(角川文庫)に収録

舞台は、札幌市南区の真駒内(まこまない)。東京から転勤してきた男性・堀川と、その同僚の女性との揺れ動く心が描かれています。

破格の昇進で、経理課長として札幌に着任した堀川ですが、妻は東京の生活に固執し、札幌での同居をいやがります。男児にも恵まれ、はた目からは申し分ない家庭ですが、夫婦仲はぎくしゃく。結局堀川は、“札チョン族”の単身生活となり、しだいに、同僚の若い律子に心が惹かれていきます。

母親と二人暮らしの律子は、真面目で慎重で、堀川と二人きりになっても一定の距離を保ち続けています。堀川は、そんな節度ある律子の姿勢にますます魅力を感じていくのですが――。

この短編は、発表後まもない1969年の「東芝日曜劇場」で、早々にテレビドラマ化されました(脚本・砂田量爾、演出・守分寿男、HBC制作、12月14日放映)。倉本聰さんらが活躍され、ドラマ全盛期を担った番組なので、なつかしく思われる方も多いのではないでしょうか。

田村高廣さんが堀川を演じ、律子役は、大空真弓さん。律子の母は杉村春子さんが演じ、生け花など存在感たっぷりの演技を見せています。

ドラマの設定やセリフは、実は原作に加味された部分も多いのですが、冬季オリンピック(1972年)開催前の札幌の風景を追体験できます。

その制作について、当時演出助手をつとめられた長沼修さんが、ご芳著『北のドラマづくり半世紀』(北海道新聞社、2015年)の中で思い出を書いておられます。撮影には、原作者である三浦綾子も立ち会い、長沼さんはとても緊張しておられたとか……。

さて、ちょうど3月18日(木)7:00~「日本映画専門チャンネル」で、この『羽音』が放映されるそうです。どうぞ、しみじみとご覧ください。https://www.nihon-eiga.com/program/detail/nh10009324_0001.html

田中 綾