田辺聖子の戦時下日記

文藝春秋 2021年7月号

「おせいさん」こと田辺聖子と、三浦綾子との接点は?
1つ目は、「1964年」が記念の年ということ。そう、三浦綾子が「氷点」で朝日新聞一千万円懸賞小説に入選した年です。この年の1月、田辺聖子は、「感傷旅行(センチメンタル・ジャーニイ)」https://www.kadokawa.co.jp/product/301301000405/
で第50回芥川賞を受賞し、こちらも話題になっていました。
 もう1つ接点を探すとすれば、失礼かもしれませんが、結婚した年齢でしょうか。綾子は37歳、田辺聖子は38歳。当時としては、高齢での初婚というところも、不思議な縁がありそうです。

三浦綾子より6歳下にあたる田辺聖子は、1928年、大阪市生まれ。2019年に亡くなり、先日、3回忌を記念して戦時下の日記が発表されました。「十八歳の日の記録」(「文藝春秋」2021年7月特別号)です。
https://bunshun.jp/articles/-/46011

終戦の1945年当時、田辺聖子は満17歳(数えで18歳)。樟蔭女子専門学校(現、大阪樟蔭女子大学)の国文科2年生でした。学徒動員で、伊丹近くの飛行機部品工場で働いたのですが、その企業名が「グンゼ(郡是)」だったことも、時代性が感じられます。
10代ですでに小説を書いており、当時は「エスガイの子」という小説を書いていたとか。「エスガイ」はテムジン(ジンギスカン)の父の名前なので、歴史小説か、大陸を舞台とした冒険小説だったのでしょう。

日記は、等身大の言葉で書かれていました。写真館を経営する父が病気になり、しかも、大阪大空襲で自宅が焼け、これまでの原稿やノートが焼失……そのショックの中でも、たえず向学心を抱いていたところが読みどころの1つです。
田辺聖子は長女で、弟と妹がいました。日記でとても切なく感じたのは、敗戦後の女子教育に対する不安を述べた箇所でした。

1945年8月17日
(略)また、女子の教育も今までは戦争で男子を取られて女子が後をしなくてはならなかったが、これからは男子は戦争から帰ってくるから、女子は元のように家庭ヘ帰るべきである、と。
私はどうすればいいのか。
成るようにしかなるまい。

当時、男性が兵役で不在のあとを、女性たちが代わって、工場労働やさまざまな職に就いてきました。戦争のおかげで女性の就労の機会が増えた、という皮肉な歴史があったのです。
戦争が終わってほっとしたものの、田辺聖子は、女性の学びや就労について、危機感を抱いていたようですね。その辺りは、同年代のほかの人々の日記とも読み比べたいところです。

「十八歳の日の記録」は、この秋、単行本が刊行される予定とのこと。秋の夜長の読書にいかがでしょう。

田中 綾

旭川出身の白石和彌監督の新作『孤狼の血  LEVEL2』

『盤上の向日葵柚月裕子(中公文庫)

7月28日に、旭川出身の映画監督・白石和彌さんと、作家の柚月裕子さんをお迎えした特別講義が勤務校で行われました。「日本映画論」という科目の最終日で、十分に感染対策を行ったうえで、私も参加させてもらいました。


https://www.yomiuri.co.jp/local/hokkaido/news/20210729-OYTNT50119/
(読売新聞北海道版、2021年7月30日付)

8月20日公開の新作『孤狼の血 LEVEL2』https://www.korou.jp/ 制作秘話など、
さまざまなお話をうかがえましたが、やはり気になるのは、旭川について。

白石監督は、旭川西高校のご出身。その下の学年に、『孤狼の血』シリーズにも出演している音尾琢真さん(TEAM NACS)がいたそうです。そう、われらが三浦文学館公式キャラクター・レイ(旭川西高校卒業という設定)は、白石監督と音尾さんの「後輩」にあたるのです!


白石監督が映画に興味を持ったのは、そんな旭川時代だったそうです。祖父母の食堂が旭川市内のバス停の近くにあり、場所がら、よく映画館からポスターを貼らせてほしいという依頼があったとか。ポスターを貼ると謝礼に招待券が2枚もらえたので、子どものころから家族と一緒に映画館に足を運んでいたそうです。


そして、音尾琢真さんがはじめて白石作品に出演したのは、北海道警察が舞台の『日本で一番悪い奴ら』(2016年)。以降、「白石組」の常連とも言える存在となり、味のある小市民役から、悪役(といっても、どこか憎めない)まで、幅広く演じておられます。
 
 さて、「このミステリーがすごい!」大賞はじめ、大藪春彦賞、日本推理作家協会賞など数多くの賞を受賞されている柚月裕子さん。美しく凛と響きわたる声で、一瞬のうちに会場を魅了していました。


「孤狼の血」シリーズの2作目、『凶犬の眼』(角川文庫、2018年)https://www.kadokawa.co.jp/product/321908000080/


は、冒頭から旭川刑務所のシーンです。失礼を承知で、実際に足を運ばれたのかうかがったところ、「小説にとって重要な場所は、三度訪れます」と……!


ミステリー作家にとって、舞台となる場所は、説得力のためにもたいへん重要なもの。物語にふさわしい空気感を描き出すため、三度も訪れて確認されるのだそうです。


旭川刑務所へはレンタカーを借りて近くで駐め、その「場」の空気感をじっくりと確認されたとか。その後、旭山動物園を楽しみ、旭川のグルメも味わったそうです。柚月作品の魅力の1つに、その土地土地のグルメ描写もあるのですが、なるほど、実際にご当地で舌鼓をうった逸品を登場させているのですね。

柚木さんの長編ミステリ『盤上の向日葵』(中公文庫、2020年)も、“推し”の1つです。

https://www.chuko.co.jp/special/banjo/


将棋界を舞台とし、重要な土地として描かれたのは、山形県天童市。将棋駒の生産日本一の地で、三浦光世がその天童市で入手し、愛用した将棋盤は、三浦文学館でも展示しています。


登場人物一人ひとりに両親がおり、そして祖父母がおり、長い長い履歴があることを実感させる『盤上の向日葵』は、三浦文学ファンに親しみやすい感動作です。ぜひ、ご一読ください。

田中 綾

三浦綾子の「凄い語彙力」

『文豪の凄い語彙力』(新潮文庫、2021年)

文庫本の新刊コーナーをのぞくと、山口謠司さんの『文豪の凄い語彙力』(新潮文庫、2021年)https://www.shinchosha.co.jp/book/102861/ が目にとまりました。2018年刊行の話題の書が、この度文庫化されたのです。

4章立てで、63の言葉が紹介されていますが、その第3章に三浦綾子も取り上げられていました。「招聘(しょうへい)」という言葉についてです。

肉親のきょうだいにもまして愛してきた教会員たちであるだけに、去らねばならぬと心に決めてから、神に祈りを捧げてきた。その祈りへの神の応答が、今、ここに招聘の言葉となって示されたのである。保郎は、尚深く祈らねばならぬと思った。三浦綾子『ちいろば先生物語』

山口氏の解説で、なるほど、と膝を打ったのは、「招聘」という漢字の成り立ちでした。よくよく字面を見ると、「手」「口」「耳」が入っているのですね。身体のあちこちを使って、「心を尽くして相手を大切にお迎えする」のが「招聘」だということです。

また、ただ「招く」だけではなく「聘」の字も用いられているのは、「大きくて見えない何かが降りてくるのを、『耳』をすませてお招きするのが『聘』の字の意味」だから、とのこと。その解説にも深くうなずかされます。

三浦綾子のほかに紹介された「文豪」とその「語彙」は、たとえば、吉川英治の「秀雅」、石牟礼道子の「緩徐」、夏目漱石の「出立(しゅったつ)」など。

そんな中、個人的に私が好む言葉は「謦咳(けいがい)」(横溝正史)です。

わたしこそ一度先生のご謦咳に接したいと思っていたところでした。横溝正史『スペードの女王』

「直接お目にかかる」という意味の「謦咳」ですが、「謦(日常ふっと喉から漏れる、ささやかな音)」と「咳(大きなゴホンゴホンというせき)」の組み合わせで、小さな音から大きな音まで、「日常のふるまい全般」を表すのだとか。

ソーシャル・ディスタンスに気を遣い、マスク越しの声しか聞き取れない今、あこがれの方の声や立ち居ふるまいに接したいという願いは、ますます募るものですね。
こんな時にこそ、文豪たちの「謦咳」に、文字を通してだけでも接したいとあらためて感じます。

田中 綾

新聞小説ってなんですか?

「三浦綾子の『氷点』や『泥流地帯』は、いわゆる新聞小説でした」と授業で話したところ、学生から素朴な質問がありました――「新聞小説ってなんですか?」。
はっとして聞き返したところ、「新聞小説」なるものを、時事問題やニュースを盛り込んだ小説かと思ったそうなのです。なるほど、日ごろ新聞を手にしていない学生には、新聞の連載小説という存在自体が遠いものなのですね。

そこで、学生たちが新聞に日常的に接しているか、アンケートをとってみました。実施日は2021年5月14、15日。回答数は106 件で、対象は大学3,4年生。社会人が数人混じっています。

アンケートのタイトル:【新聞を購読していますか?】

・購読している(家族が) 55人 51.9%
・購読している(自分で)  2人 1.9%
・時々、コンビニなどで買う 1人 0.9%
・家族が購読しているのですが、家族会員制を利用して電子版を利用させてもらっています。  1人 0.9%
・購読はしていないが、新聞社のネットニュースをよく読んでいる。  40人 37.7%
・購読はしていないが、図書館などで読んでいる。 3人 2.8%
・読まない。また意図的に遮断している。 1人 0.9%
・購読していなく、読んでいない。  1人 0.9%
・新聞は買っていないし、読んでません。ヤフーニュースなどはみます。 1人 0.9%
・Lineニュースはよく見ています。 1人 0.9%

以前から言われてはいましたが、若い世代のほぼ半数が、家庭で新聞紙に触れていないようですね。もしかすると今後、「え? 新聞って紙なんですか?」という世代が登場するかもしれません(?)。

メディアとしての新聞は、今後さまざまな変化もあるでしょうが、「新聞小説」というジャンルは、日本近代文学史においてたいへん重要な存在です。その歴史を振り返るときに参考になるのが、こちらの2冊です。

・関 肇『新聞小説の時代 メディア・読者・メロドラマ』新曜社、2007年
https://www.shin-yo-sha.co.jp/book/b455922.html

・東海大学文学部叢書『新聞小説の魅力』東海大学出版会、2011年
https://www.press.tokai.ac.jp/bookdetail.jsp?isbn_code=ISBN978-4-486-01915-2

そもそも、明治以降の「新聞」の魅力は、「読みもの」「続きもの」「おもしろいもの」でした。毎日届けられる、わくわくする娯楽(しかも、挿絵つき!)で、識字率の高い日本の読者の、ニーズと嗜好に合った媒体だったのですね。

“文豪”として教科書でも採択率の高い夏目漱石は、プロの“新聞小説家”でしたし(朝日新聞)、尾崎紅葉『金色夜叉』(読売新聞)、徳富蘆花『不如帰』(國民新聞)、昭和では松本清張『砂の器』(読売新聞)、平成では渡辺淳一『失楽園』(日本経済新聞)など、ベストセラー小説を生み出す磁場でもありました。

今後、文学史用語として「新聞小説」は残るはずですが、その魅力、影響力も、丁寧に説明していかなければと襟を正しています。

田中 綾

〈お仕事小説〉というジャンル――May Dayに寄せて

先月4月1日から公開が始まった、北海道の労働情報の発信と交流のプラットホーム(サイト名は未設定)に、学生アルバイト短歌や、労働にまつわる書籍の書評を寄稿しています。

http://roudou-navi.org/


教育、奨学金、働き方改革、労働時間、保育など、さまざまなキーワードの記事がアップされていますが、著者紹介のプロフィールには、
「田中綾:札幌市生まれ。高校時代からさまざまなアルバイト、パートを体験し、働く人々の短歌、創作活動も研究テーマにしています。旭川市出身の作家・三浦綾子が、エッセンシャル・ワーカーを多く描いていたことにも注目し、道内各地で講演も行っています。」
と書いておきました。

 思い返せば、三十代後半まで、文筆業をしながら複数の職を掛け持ちしていました。TELオペレーター、販売・接客(菓子店、ラーメン店、JRA馬券売り場、飲み屋)、添削指導員、教育関連(家庭教師、採点、教材作成補助、テープ起こし)、生命保険外交員等々……。かつかつの収入ながら、先輩たちにも恵まれ、働きがいを感じて暮らしてきました。

それもあってか、以前から女性作家による〈お仕事小説〉に着目しています。芥川賞作家・津村記久子の『この世にたやすい仕事はない』(2015年)小論なども発表したことがありますが、おすすめの3冊を挙げるなら、

津村記久子『ポトスライムの舟』(講談社、2009年)=29歳、工場勤務の女性、年収163万円。かつかつ。でも、周囲の人々と助け合い、働き続けてゆく。


夏石鈴子『いらっしゃいませ』(朝日新聞社、2003年)=どんな客でも笑顔で対応しなくてはならない受付嬢。ストレス発散は、どす黒いペデュキュアを塗ること。感情労働の描写が秀逸。


小山田浩子『工場』(新潮社、2013年)=契約社員の女性。仕事は、10数台のシュレッダーでひたすら書類を粉砕すること(!)。いったいこの「工場」とは――。

桐野夏生、角田光代、三浦しをんら、現代の〈お仕事小説〉にも読みどころが多いのですが、三浦綾子作品に登場する職業も〈お仕事小説〉のジャンルの中で再考してはどうか、と考えています。
三浦作品の登場人物の職業といえば、公共交通機関の職員(『塩狩峠』)、看護師(『帰りこぬ風』)、教員(『積木の箱』 『銃口』など)、など、コロナ禍で注目された「エッセンシャル・ワーカー(Essential Worker)」も少なくありません。

また、見過ごしてはならないのは、家事労働という〈お仕事〉でしょう。エッセンシャル・ワークのうち、いくつかは家事労働が外注化されたものであることも、あらためて確認しておきたいところです。
3度目の緊急事態宣言で、「ステイホーム」が呼び掛けられていますが、家事労働の負担に偏りが出ませんように――。

田中 綾

歌われた〈三浦綾子記念文学館〉

新型コロナウイルス感染拡大の影響により、昨年末から臨時休館しておりましたが、おかげさまで、4月1日から無事に展示等を再開しております。
休館中は、収蔵資料の確認などもして、あらためて〈文学館〉という場について考える時間をいただきました。
さて、実は〈文学館〉、そして〈三浦綾子記念文学館〉は、歌語でもあります。現代の歌人たちの作品に登場していますので、今回は、札幌市在住の阿知良光治(あちら・みつはる)さんの歌集をご紹介しましょう。

阿知良光治さんは、1944(昭和19)年、中国東北部の吉林省に生まれ、戦後、家族で札幌市に引き揚げてこられたそうです。北海道教育大学岩見沢分校に入学後、歌誌「アララギ」「北海道アララギ」に入会し、長く作歌を続けておられます。「アララギ」は1997年に終刊となりましたが、翌年、「新アララギ」が創刊され、入会。「アララギ」時代から、三浦光世とは“歌友”ということになるでしょうか。

第1歌集『航跡』(木犀社、2006年)巻末の年譜によると、札幌市内の小学校の教員、教頭、校長を歴任。2005年に定年退職され、現在は「北海道アララギ」発行人をつとめておられます。

さて、阿知良さんの第2歌集『寂寥の街』(旭図書刊行センター、2019年)は、第34回北海道新聞短歌賞の佳作受賞歌集ですが、その中に、三浦綾子に関する連作がありました。

・三浦綾子逝きて十年記念展に圧倒さるるその存在感
・病むほどにペンが冴えるか『泥流地帯』膨大な原稿の前に佇む
・遺作となりし『銃口』に見る教師像懺悔のこころをペンに託しぬ
・吾が胸にいまだ解けざる無償の愛『塩狩峠』を読みて暁 (以上、p94、95)

・秋の日のなかにひつそりと建ちてあり三浦綾子記念文学館は
・三浦綾子の唯一の歌集『いとしい時間』書架のなかに控へめにあり
・ウッドチップ敷き詰められし見本林妻伴へば秋がにほへり
・どこまでも続く美瑛川の堤防を少し汗ばみ妻の付き来る
・ストローブマツに絡まるツタの葉は色づき早しこの見本林に (以上、p109、110)

三浦作品の読後感に加え、秋の色づく見本林と文学館の展示、そして何より、「妻」との愛すべき時間を過ごされたことが伝わってきます。

歌われた〈三浦綾子記念文学館〉――ほかにも、さまざまな歌集で“発見”できましたので、折々紹介していきたいと思います。
また、みなさまも、「こんな歌がありましたよ!」などの情報をどうぞお寄せください。

田中 綾

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テレビドラマ『羽音』

短篇小説『羽音』

短編集『病めるときも』に収録されている、『羽音』という小説を覚えていらっしゃるでしょうか。1969年に『小説女性』に掲載された、家庭と愛をめぐる短編です。(三浦綾子記念文学館公式サイト『羽音』はじめの一歩 https://www.hyouten.com/hajimeno-ippo/08_haoto

『羽音』は、『病めるときも』(角川文庫)に収録

舞台は、札幌市南区の真駒内(まこまない)。東京から転勤してきた男性・堀川と、その同僚の女性との揺れ動く心が描かれています。

破格の昇進で、経理課長として札幌に着任した堀川ですが、妻は東京の生活に固執し、札幌での同居をいやがります。男児にも恵まれ、はた目からは申し分ない家庭ですが、夫婦仲はぎくしゃく。結局堀川は、“札チョン族”の単身生活となり、しだいに、同僚の若い律子に心が惹かれていきます。

母親と二人暮らしの律子は、真面目で慎重で、堀川と二人きりになっても一定の距離を保ち続けています。堀川は、そんな節度ある律子の姿勢にますます魅力を感じていくのですが――。

この短編は、発表後まもない1969年の「東芝日曜劇場」で、早々にテレビドラマ化されました(脚本・砂田量爾、演出・守分寿男、HBC制作、12月14日放映)。倉本聰さんらが活躍され、ドラマ全盛期を担った番組なので、なつかしく思われる方も多いのではないでしょうか。

田村高廣さんが堀川を演じ、律子役は、大空真弓さん。律子の母は杉村春子さんが演じ、生け花など存在感たっぷりの演技を見せています。

ドラマの設定やセリフは、実は原作に加味された部分も多いのですが、冬季オリンピック(1972年)開催前の札幌の風景を追体験できます。

その制作について、当時演出助手をつとめられた長沼修さんが、ご芳著『北のドラマづくり半世紀』(北海道新聞社、2015年)の中で思い出を書いておられます。撮影には、原作者である三浦綾子も立ち会い、長沼さんはとても緊張しておられたとか……。

さて、ちょうど3月18日(木)7:00~「日本映画専門チャンネル」で、この『羽音』が放映されるそうです。どうぞ、しみじみとご覧ください。https://www.nihon-eiga.com/program/detail/nh10009324_0001.html

田中 綾

続・子どもたちがあったかーく眠れる国を願って

先月の内容の続きを少々。各大学などで行われている、食糧支援の話題です。

第二学期の授業が終わった大学では、試験やレポートに追われた学生たちもひと息ついているころです。とはいえ、新型コロナウイルス感染拡大の余波で、アルバイト先がない、また、実家の経済面にも変化があったなど、ほっとしてはいられない若者たちもいるのです。

勤務校では12月に教員有志で食糧支援を試み(先月のブログの内容です)、1月26日には、学生団体主催のかたちで2回目の支援を行いました。

お米、レトルトカレー、袋麺、みかんなどを受け取りに来た学生は、12月は約260人でしたが、今回は976人と、在籍者数の1割超にものぼりました。当日の詳しい様子を、地元の北海道放送(HBC)さんがニュース配信してくださったので、ご覧いただけると幸いです。↓

食料の無料配布に長蛇の列! 大学生が大学生に食料支援活動 北海道札幌市

https://news.line.me/issue/oa-hbcnews/qw0rrtao22ad?mediadetail=1%3Futm_source

「コロナによりアルバイトが減。父の収入が前年度の半分になり、(授業料を払いながら)生活することが困難になった」、「アルバイトの求人が全然なくて困っている」、「学費、生活費、全てが自己負担でアルバイトを毎日してもお金がありません。仕送りもなく食べるものも買えません。(略)今月は十日で1000円〔で〕生活しています。今日はビスケット3枚食べられましたのでましです」など、来場者アンケートには、困窮を訴える肉声が複数つづられていました。

卒業論文を提出したばかりの4年生も、「このまま卒業して社会人になることにとても不安を覚えます」と、明るい将来を思い描けないでいることに胸が痛みます。

2016年の映画、イギリスのケン・ローチ監督による『わたしは、ダニエル・ブレイク』は、何度も観なおした作品です。(公式HP https://longride.jp/danielblake/

物語は、イギリスが舞台。初老の大工ダニエルは、心臓の病で働けなくなりますが、公的援助の申請がなかなかうまくいきません。そんな中、2人の子を抱えたシングルマザーのケイティと交流が生まれます。とはいえ、互いに明日の食べ物にも困窮する日々――。

やっとたどり着いたフードバンクで、ケイティは缶詰を手にします。空腹のあまり、その場で缶を開けてむさぼり食ってしまったケイティの、直後の泣きくずれる姿に、観る側も涙がとまりません。

ケイティは、少ない食べ物を子どもたちに与えていたので、自分の胃の中はからっぽだったのです。現代のこの文明社会で、必死に、正直に生きている一市民が、必死に生きているがゆえに飢えてしまうとは……。

前回のブログで、「国家とは、夜、子どもたちが、あったかーく、何の心配もしないで眠るためにある」と書きましたが、子どもたちだけではなく、大人たちも腹八分満たされ、あったかーくして眠れる国家であることを、いっそう願わずにはいられません。

田中 綾

頌春 子どもたちがあったかーく眠れる国を願って

新年のご挨拶を申し上げます。
昨年は世界的に揺れ動いた一年でしたが、そのような中でも、文学館への変わらぬご支援、あたたかなお心遣いとお力添えに、深く感謝申し上げます。

さて、昨年来、“新しい生活様式”という言葉も定着したようですが、「生活」という言葉そのものが気になってなりません。たとえば、日本国憲法第25条
「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」
生存権と、それに対する国家の社会的使命ですが、「健康で文化的な最低限度の生活」を送るには、食べものや住まいなどは欠かせないものでしょう。その欠かせないものに不自由を感じている若い世代が、少なからずいるのです。

ニュース報道もありましたが、新型コロナウイルスの影響で大学生のアルバイト収入が激減したり、実家からの仕送りを減らされるなど、若い世代の生活に変化が現れています。そのため、各大学や地域で、生活に困窮する学生たちに食糧支援をする動きも出てきました(注)。
私の勤務校でも、12月25日クリスマスの日に、教員有志で食糧支援の試みを行いました。(北海道新聞2020年12月26日(土)第四社会面で紹介されました)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/495937?fbclid=IwAR0bRU-WlIKWdamtH_0chx61Us19Ix8hiX5YNg0rPIfMZfFh_hT1gdiVzWo
5時間ほどの間に学生が260名近く訪れ、カンパなどで寄せられたお米やレトルトカレー、りんごなどを手に、年末年始の家へと帰って行きました。この国の将来を担う若者たちが、明日食べるものに不安を抱えている現状に、本当に胸が痛みます。

「お米、嬉しいです! 助かります!!」とお辞儀をして帰る学生たちを見ながら、私はふとこんなことを思い出していました。私が思う、揺るぎのない国家観です。
かつて私は、国家とは、戦争と外交のためにあると考えていました。けれども、20年ほど前にその考えは変わりました。太平洋戦争終戦後、旧満洲(現中国東北部)から家族で引き揚げてきた方のお話を伺ってからです。

「国家の使命とは、夜、子どもたちが、あったかーく、何の心配もしないで眠れる状態を保障することなんだよ」

引き揚げ当時十代半ばだったその方には、暖かな布団の中で安心して眠れる夜など、一度もなかったというのです。国家とは、夜、子どもたちが、あったかーく、何の心配もしないで眠るためにある――そんな国家であることを願いつつ、年明けも、学生に対する食糧支援を試みる予定です。

祈りながらの新たな一年。今年も、みなさまとともに、一歩ずつ歩んでまいりますね。

田中 綾

注:「バイト減り困窮、学生に食料配布 室蘭工大/北海道」『朝日新聞』朝刊2020年12月21日付
「コロナ禍の影響でアルバイト収入が激減して困っている学生を支援しようと、室蘭市の室蘭工業大学で20日、食料品が無償で配られた。大学側はレトルトカレーやカップ麺、餅など約2千円相当を千人分用意した。会場の体育館アリーナには午前10時前から数十人が並んだ。」(以下略)

河﨑秋子さんの4作目『鳩護』刊行

10月のこのブログでご紹介した河﨑秋子さん(三浦綾子文学賞受賞作家)、長編4作目となる『鳩護(はともり)』(徳間書店)が刊行され、さらに話題を集めています。

https://www.tokuma.jp/book/b535772.html

これまで〈河﨑ワールド〉に登場した動物たちは、馬、オオカミ、犬、クマなどでしたが、今回は「鳩」の物語。作中人物は、出版社に勤める小森椿、27歳の女性です。一人暮らしのベランダに真っ白な鳩が突然あらわれ、数日後、ナゾの男性から「鳩護」になるという使命が宣告され――
テンポ良く進む物語で、登場人物一人ひとりの個性も鮮やかです。たとえば、椿に「鳩護」を継承させた幣巻(ぬさまき)という中年男性が、高そうなレストランでキジバト料理に舌鼓を打つシーン。おそれおののく椿に、幣巻は

「好きだから食べる。食べられるから好き。食べられない鳩のことも好きだ。俺の中に矛盾はない」

と、断言。食べる側はひどい、食べられる側はかわいそう、という価値判断とは異なる視座を提示しています。

椿が、夢の中で代々の「鳩護」の記憶とリンクする描写は、G・ガルシア=マルケスが得意とした”マジックリアリズム”ふう。非日常と日常が融合し、ぐいっと引き込まれていきます。

「鳩」と言っても、公園で見かける土鳩のほか、伝書鳩や軍鳩もあります。靖国神社の遊就館前広場の「鳩魂塔」は、軍鳩の慰霊碑ですね。他方、「鳩」は平和の象徴でもあり、1964年の東京オリンピック開会式では8,000羽もの鳩が空に放たれました。実は、そこで1羽だけ取り残された鳩というエピソードが、『鳩護』では伏線になっています。

ちなみに、今年9月刊行の、小説トリッパー編集部編『25の短編小説』(朝日文庫)にも、河﨑秋子さんの短編「洞(ほら)ばなし」が掲載されています。

https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=22200

「洞」は、「ほら(ウソ)」でもあり、ホラーでもあり……あとを引き摺るようなこちらの読後感も、どうぞ味わってみてください。

田中 綾