ウクライナ情勢と、『石ころのうた』

三浦綾子 自伝小説『石ころのうた』

ロシアによるウクライナ侵攻から2カ月以上が経ちましたが、避難する人々には、今なお平安は訪れていません。
三浦綾子記念文学館は、いち早く平和を願う声明を出し、三浦綾子のエッセイ「剣によって滅ぶ」を英訳して世界の人々にアピールもいたしました。https://www.hyouten.com/oshirase/12564.html

ウクライナで18歳から60歳の男性を徴兵対象とみなしたことで、日本の大学生も、にわかに「兵役」という言葉を緊張をもって見つめているようです。
折しも4月、勤務校の授業で取り上げたのが三浦綾子の『石ころのうた』でした。昭和の戦時下に綾子が教員であったこと、そして、早熟な教え子「N」との会話について、120人近い受講生と一緒に考えてみました。

「先生、名誉って何ですか」
 Nはいった。今、応召兵たちに、
「まことに名誉なことであります」
と、誰かが挨拶した言葉をNはいったのだ。
「そうね、名誉って、ほまれのことでしょう」
改めて名誉とは何かと問われて、わたしはしどろもどろな返事をした。
「国のために死ぬって、そんなに名誉なことかなあ。ぼくには、嘘のような気がするんです」
Nはいく分怒ったような語調でいい、あと何年もしないうちに、自分たちも戦争に行かなければならない、そう思うと何となく生きているのがつまらないといった。
「この頃、時々死にたくなるんです。ぼくは、人間が生きているのは、不真面目だからだと思うんです。本気で真実に生きようと思ったら、人間なんて三分間と生きていられないと思うんです」
Nはそんなこともいった。不当に命を奪う戦争が、人間いかに生きるべきかの疑問を、彼に投げかけていたのであろうか。

三浦綾子『石ころのうた』角川文庫初版、1979年より

上の文章について、「『あと何年もしないうちに、自分たちも戦争に行かなければならない、そう思うと何となく生きているのがつまらない』と、15、6歳の高校生にうちあけられたとき、あなたなら、どのような言葉を返しますか(教員の立場でなく、友人の立場でも可)」と問い、その後に自由記述してもらったところ、現在のウクライナ情勢に引きつけて、“自分ごと”としてコメントしてくれたものがあったので、一部紹介したいと思います。

「どんなに軍国主義的な教育をしていても、思春期の若者に戦争というのは多大なる重圧をかけるものなのだと思いました。殺したくないという純粋な意志を押し殺して戦地に赴かなければならない兵士達が今後一切出てこない世界になってほしいです。ロシアとウクライナの戦争も含めて、殺し合いなんて愚かなことは無くなって欲しいです。」

「昨今のウクライナとロシアの戦争に関するニュースを見ていて、日本の現状を考えれば考えるほど、私も男子生徒「N」に似たような気持ちになってしまいました。このような気持ちから抜け出すために、世の中のために自分ができることは何なのかを考える日が、最近の戦争以降ずっと続いています。」

「戦争の話はずっと避けていました。どうしたって色々な想像をして苦しくなってしまいます。そして、人間の手から離れた意志や固定概念が恐ろしく感じます。
ロシアとウクライナの問題についてもなかなか触れることができません。
三浦綾子さんが「愚かだった」と自分を思えることは悪いことではありませんがその「愚かさ」が現代でもなくなっていない、消えずに亡霊のように存在していることが悲しいです。
戦中派であるとありましたが、戦争の惨事がメインの小説ではないと思うので、三浦綾子さんの小説をいくつか読んでみたいと思いました。」

はからずも、ウクライナ侵攻の同時代的な証言者となった若い世代が、『石ころのうた』を“自分ごと”として読み、考えているのです――このあとどのような心の動きが起こるのか、しばらく注視していきたいと思います。

田中 綾

「あたたかき日光(ひかげ)」連載余話・その1 ―光世さんはMayumiちゃん?

北海道新聞 2022年3月6日朝刊 連載開始を知らせる記事

ロシアによるウクライナ侵攻のニュースが続く中、小説「あたたかき日光(ひかげ)――光世日記より」の連載が、3月26日にスタートしました。北海道新聞創刊80周年と、三浦綾子生誕100年を記念した共同企画です。
 https://www.hokkaido-np.co.jp/article/661450?rct=series
今後約1年間、毎週土曜日に掲載されますが、その執筆の背景について、備忘録も兼ねて書きとめておきたいと思います。

三浦綾子生誕100年記念事業の1つ、「三浦光世日記プロジェクト」に着手したのは、2019年4月のことでした。日記研究のため、勤務校に特別な許可をいただき、約4ヶ月旭川に滞在して文学館に通ったのです。研究者としては、本当に至福の時間でした。
三浦光世が遺した日記は、1938年の14歳から、亡くなった2014年までの76年分、63冊です。2015年に文学館に遺贈され、書庫で保管されています。
日記の内容の一部は、『三浦綾子創作秘話』(『積木の箱』について)や、『夕映えの旅人』(1995年7月5日~1996年9月30日について)、『ごめんなさいといえる』(『氷点』執筆について)等で公開された部分もあります。けれども、プライベートな記述もあるため、学芸員と少数のスタッフのみが閲覧を許されています。

まず手にとったのは、綾子と出逢う前年の1954年と、綾子に出逢った1955年の日記でした。綾子との邂逅によって、光世の中にどのような変化があったのか――どきどきしながら読み進めました。
ペンで書かれた日記には、時々読み取りづらい文字や、固有名詞も出てきます。けれども、数冊眺めていると次第に人名や地名などがわかってきて、判読もラクになってきました。仕事で忙しいときは、週末に数日分をまとめて書く、という律儀さも伝わり、「光世さんって本当にマメで、誠実な人だなあ」と、感心することばかり。

ある程度判読ができるようになってから、文字起こしを始めました。パソコンを持ち込み、パタパタと入力。当時は判読間違いや入力ミスもあったのですが、さまざまな発見もありました。
さて、その成果をノベライズ(小説化)するには、さまざまな切り口があり、何パターンか構想を練ることが必要でした。私の場合は手書きではなく、パソコンでメモをしていくわけですが、発想が次々浮かぶのでタイプする手が追いつきません。
「ああ、こういうとき、光世さんのように口述筆記してくれる人がいたら・・・」
と切望したところ――いたのです、“Mayumiちゃん”が。

“Mayumiちゃん”と言っても、ヒトではなく、「Mayumiスマートマウス」というパソコン用のマウスです。話しかけると、その音声をタイピング(入力)してくれるので、まさに、口述筆記のパートナー。
さて、そんな“Mayumiちゃん”はビジネス定型文は得意ですが、残念ながら短歌や話し言葉の認識は苦手で、時々、驚くような変換ミスをします(!)。「きゃー、光世さんはそんな言葉使わないよ~」などと微苦笑しながら、楽しく構想を練っていきました。
最近は、変換がかなり正確なiphoneのメモ機能も使用していますが、当初は、“Mayumiちゃん”が“私の光世さん”だったのでした。

 この「余話」は、不定期に続けたいと考えています。小説の執筆、引き続き励んでまいりますので、どうぞご期待ください・・・!

田中 綾

春日狂想~村上春樹とチェホフから、中原中也へ

映画公式サイト https://dmc.bitters.co.jp/ より

アカデミー賞4部門にノミネートされ、話題を集めている映画『ドライブ・マイ・カー』(濱口竜介監督)。もうご覧になったでしょうか。https://dmc.bitters.co.jp/
村上春樹の短編を原作とした映画で、思い返せば、村上春樹作品に出合ったのは学生時代、『ノルウェイの森』(講談社、1987年)でした。当時は性描写が多いのでやや苦手だったのですが、のち、『ねじまき鳥クロニクル』(新潮社、1994~95年)で、歴史、暴力といったテーマに覚醒させられ、個人的には『海辺のカフカ』(新潮社、2002年)の緻密な構成に感心していました(構造分析するとわかります)。
今回の映画『ドライブ・マイ・カー』は、3時間という長さでもあり、公開当初は正直ためらいが……けれども、時間をやりくりして映画館に向かい、結果は大正解でした。

時間の長さをまったく感じさせないドラマ進行、かつ、すべてがロードマップでつながっているような緻密な脚本。なるほど、これは脚色賞(濱口竜介監督と大江崇允氏)にふさわしいように感じました。
劇中劇としても用いられているチェホフの『ワーニャ伯父さん』のセリフが、物語全体の通奏低音であり、主役を舞台俳優で演出家の「家福」、そしてその亡き妻を脚本家に設定した点も効いています。世界文学という教養がベースになっているので、国際的な評価が高いこともうなずけるでしょうか。
映画では、その家福の妻があっけなく病死してしまいます。その妻にあこがれていた若い男優・高槻の、長い長いセリフ。こちらは、原作からの引用です。

「(略)でもどれだけ理解し合っているはずの相手であれ、どれだけ愛している相手であれ、他人の心をそっくり覗き込むなんて、それはできない相談です。そんなことを求めても、自分がつらくなるだけです。しかしそれが自分自身の心であれば、努力さえすれば、努力しただけしっかり覗き込むことはできるはずです。ですから結局のところ僕らがやらなくちゃならないのは、自分の心と上手に正直に折り合いをつけていくことじゃないでしょうか。(以下略)」
村上春樹「ドライブ・マイ・カー」(『女のいない男たち』文春文庫)

大切に想う人と死別すると、残された者は、罪の意識や後悔にさいなまされます。そんなとき、「僕らがやらなくちゃならないのは、自分の心と上手に正直に折り合いをつけていくことじゃないでしょうか」と。
「上手に正直に折り合いをつけ」ることは、サバイバル・コンプレックスを少しでも軽減させる方法でもあるのでしょう。

加えて、『ワーニャ伯父さん』のラスト第4幕の、ソーニャの有名なセリフにもしみじみと心を動かされます。さまざまな絶望、試練を伯父のワーニャと共有したあとの、長いセリフです。

「仕方ないわ。生きていかなくちゃ……。長い長い昼と夜をどこまでも生きていきましょう。そしていつかその時が来たら、おとなしく死んでいきましょう。あちらの世界に行ったら、苦しかったこと、泣いたこと、つらかったことを神様に申し上げましょう。そうしたら神様はわたしたちを憐れんで下さって、その時こそ明るく、美しい暮らしができるんだわ。そしてわたしたち、ほっと一息つけるのよ。わたし、信じてるの。おじさん、泣いてるのね。でももう少しよ。わたしたち一息つけるんだわ……」
Wikipediaより引用

「長い長い昼と夜をどこまでも生きていきましょう。」――観終わったあと、私には不思議な感動が起こっていました。村上春樹と、チェホフの『ワーニャ伯父さん』を補助線として、中原中也の詩がふいに浮かんできたのです。
村上春樹とチェホフと中原中也? 全然接点がないのに、と思われるかもしれません、私自身、これまで、そのような発想を持ったこともありませんでした。ところが、『ドライブ・マイ・カー』を観たあと、私のもっとも愛誦する中也の詩「春日狂想」が、ぐっと迫ってきたのです。

春日狂想           中原中也

 1
愛するものが死んだ時には、
自殺しなけあなりません。

愛するものが死んだ時には、
それより他に、方法がない。

けれどもそれでも、業(?)が深くて、
なほもながらふことともなつたら

奉仕の気持に、なることなんです。
奉仕の気持に、なることなんです。

愛するものは、死んだのですから、
たしかにそれは、死んだのですから、

もはやどうにも、ならぬのですから、
そのもののために、そのもののために、

奉仕の気持に、ならなけあならない。
奉仕の気持に、ならなけあならない。
 (略)

 3
ではみなさん。
喜び過ぎず、悲しみ過ぎず、
テムポ正しく、握手をしませう。

つまり、我等に欠けてるものは、
実直なんぞと、心得まして。

ハイ、ではみなさん、ハイ、御一緒に――
テムポ正しく、握手をしませう。


        現代詩文庫『中原中也詩集』思潮社より

この詩は、厳密には全文を読まなければ味わえないものですが、「愛するもの」に先立たれ、残されてしまった人間の生き方(喜び過ぎず、悲しみ過ぎず、/テムポ正しく、握手をしませう。)、自分自身との折り合いのつけ方が、けっして表層的なものではないことにあらためて気付かされました。ある作品が、思いがけずほかの作品の深い理解を喚起させることを実感できた思いです。

老婆心ながら――現在、『ドライブ・マイ・カー』は映画チャンネルなどでご自宅で鑑賞もできますが、その際には3時間ノンストップで観られる十分な時間確保がお勧めです。また、鑑賞時にはお子さんを近づけないこと(!?)もお勧めいたします。

田中 綾

河﨑秋子さん(三浦綾子文学賞受賞作家)の最新作、『絞め殺しの樹』

河﨑秋子『絞め殺しの樹』小学館 2021

毎年年始には三浦綾子の小説を読む、という習慣がありましたが、この年末年始は、河﨑秋子さんの5冊目の小説『絞め殺しの樹』(小学館) https://www.shogakukan.co.jp/books/09386626 を読んで、一年の計としました。
2020年に4冊目となる『鳩護(はともり)』(徳間書店) https://www.hyouten.net/?pid=156503060 が刊行されたばかりですが、早くも2021年末に刊行となった、『絞め殺しの樹』。帯文には、「三浦綾子文学賞でデビュー後、新田次郎文学賞、大藪春彦賞を連続受賞。最注目作家、入魂の大河巨編!」とあります。

ときは昭和。北海道根室の地で、降りかかる苦難の道をひた歩んだ、女性ミサエの物語。
ミサエを巡ってさまざまな人物が関わっていくのですが、「今度はいい人かな? ミサエを助けてくれるのかな?」と、ミステリーかサスペンスのように、はらはらしながら読み進めました。
コロナ禍でもあり、保健師として働くミサエの職業意識にも、感じ入るシーンが多くあります。

2019年に、第21回大藪春彦賞を受賞した『肉弾』(2017年) https://www.hyouten.net/?pid=131037597 では、最終章「狗命尽きず」で、「他の誰が望んでなくても、生きてやれ、お前ら。絶対に」と、「生」そのものに価値を置く発想が力強く描かれていました。この『絞め殺しの樹』では、そのメッセージがいっそう強さを増しているような印象を受けます。

P260「死ぬまでは、かろうじて生き続けるしかない。そのためだけに歩いた」

P278「自分の不幸に寄りかかり、そこから養分を得て生きていたのは、自分自身だ。
『わたし、まだ、死ねない』
まだ死ぬべき時ではない。自分は不幸なのだからと楽になっていい時ではない筈だ。
(略)
立てる限りは立つ。死ぬ時までは生きねばならない。」

岩手県在住の歌人・小笠原和幸さんの〈行く秋の風はさしづめ空念仏(からねんぶつ)/死ぬまで死ぬな死ぬまで生きろ〉(歌集『風は空念仏』2003年)という一首も、ふいに思い出しました。

ちなみに『絞め殺しの樹』は二部だてで、二部は雄介という青年が主な視点人物です。
そして、一部・二部ともに登場する「猫」という隠れ主人公(=もしかすると、本当の主人公かもしれません?)にもご着目を。

※河﨑秋子さんの、北海道新聞電子版連載コラム「元羊飼いのつぶやき」は、こちらからどうぞ→ https://www.hokkaido-np.co.jp/column/c_weekly_column/akiko_kawasaki/
『颶風(ぐふう)の王』(2015年、三浦綾子文学賞受賞作) https://www.hyouten.net/?pid=91722402 も併せてご覧ください。

田中 綾

頌春 「音読」という読書体験への期待

「15秒で音読できる三浦綾子」より

新年のご挨拶を申し上げます。
一昨年に続き、昨年も世界的に揺れ動いた一年でしたが、「おうち時間」という新たな言葉が定着した年でもあったでしょうか。

「おうち時間」「読書」「増えた」などで検索したところ、「公益社団法人 全国学校図書館協議会(SLA)」の公式サイトにたどり着きました。
 https://www.j-sla.or.jp/material/research/dokusyotyousa.html
同協議会は、毎年、全国の小・中・高等学校の児童・生徒の読書状況について、毎日新聞社と共同で調査を行っているそうです。そして、2021年に行われた第66回調査の結果は、私たち文学館スタッフにはちょっと嬉しい結果でした。

2021年5月1カ月間の平均読書冊数を見ると、小学生は12.7冊、中学生は5.3冊、高校生は1.6冊。調査開始以来、小中学生では過去最高の冊数となったということです。
全国の学校で取り組まれている「朝の読書運動」の成果もあるのでしょう、小中学生の冊数の伸びはほぼ右肩上がりで、学校や家庭での読書習慣が定着していることを実感できました。

「朝の読書」のほか、中学校や高校で読書のきっかけとなっているのは、放送部などで行われている「朗読」です。実際、私の周囲でも、高校の放送コンクールで朗読するために三浦綾子の『塩狩峠』を読んだ、という声が複数ありました。

小説を声に出して読むという試みとして、当文学館HPでは、昨年末から「15秒で音読できる三浦綾子」、https://www.hyouten.com/15byo 
「2分で音読できる三浦綾子」https://www.hyouten.com/2fun のページをもうけています。音読しやすいように漢字にはすべて「ふりがな」も振っており、日本語学習者にも役立つようなコーナーになっています。
1分間で話せる言葉は、300字から350字。一般的な「黙読」に加えて、「朗読/音読」というゆっくりした読書体験も、さまざまな発見が得られるものではないでしょうか。

さて、末筆ながら、今年は三浦綾子の生誕100年を記念してさまざまなイベントを企画しています。今後、少しずつ情報もお届けしていきますので、どうぞご期待ください。
本年も引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

田中 綾

本坊元児さん『プロレタリア芸人』と、マハトマ・ガンジー

多くの方々に支えられ、拙著『書棚から歌を 2015-2020』が、「しまふくろう新書」(北海学園大学出版会)から刊行されました。文学館WEBショップでも扱っております。

https://www.hyouten.net/?pid=164624354

短歌が引用されている本だけを紹介するという、“しばり”のあるブックガイドですが、実は1冊だけ、短歌が引用されていない本もご紹介しています(前著『書棚から歌を』深夜叢書社、2015年の時はひそかに数冊ありましたが、笑)。

どうしても読者に伝えたく、他の歌集の短歌と抱き合わせる形で紹介したのは、本坊元児さんの『プロレタリア芸人』(扶桑社文庫、2021年)。吉本興業所属「ソラシド」のボケ担当、本坊さんの著書です。

https://www.fusosha.co.jp/books/detail/9784594088187

愛媛県松山市出身の本坊さんは、20代30代を、アルバイトや派遣労働をしながらお笑いに打ち込んだそうですが、芸人としての仕事はほぼゼロ。フリーの「大工」をしながら、労働にまつわるライブトークを行った体験などが、読みやすく書かれています。

具体的な仕事内容や、先輩たちの誇らしい姿が臨場感たっぷりに描かれ、観察眼のしっかりした書き手だなあ、という印象です。

残念ながら私自身はお笑いにうといのですが、「元児(がんじ)」という名前がマハトマ・ガンジーに由来し、ご本人が要所要所でそれを思い出す箇所にも心ひかれました。

それにしても、労働とは何ぞや。

私の名前の由来であるマハトマ・ガンジーの提唱する七つの社会的大罪のひとつに、労働なき富とあります。

世間の知らぬ二十歳の頃、労働なき富とは大家さんの家賃収入のことだと思っていました。成人男性の世間知らずは、それこそ社会悪ですね。

 (略 建設現場で黙々と働く荷揚げ屋さんの話題にふれる)

ブルーカラーやホワイトカラーといった嫌な言葉のある時代。インテリ太郎やブルジョアさんは、そんな仕事をしているのはそいつ自身のせいだと言う。

でも、必要なんだぜ!

誰かが運ばないといけないんだぜ!

建物の数だけ労働があったんだぜ!

だから、そんなことを言わないで欲しいんだ。必要な歯車なんだ。尊いものなんだ。

本坊元児『プロレタリア芸人』より

 

必要な労働、尊い労働のおかげで日々の生活が成り立っていることは、covid-19禍のただ中を生きる私たちが、あらためて実感したものでもありますね。

その本坊元児さんは、2018年秋、吉本興業の地域密着型プロジェクト「あなたの街に“住みます”プロジェクト」の「山形県住みます芸人」に就任。山形県西川町の古民家に移住し、畑と竹林を“月100円”で借りて、農業に取り組んでいるそうです。

You Tubeで、折々「本坊ファーム」での活動が報告されていますが、身体を張っての“労働”こそ、本坊さんの“芸”そのものなのでしょう。

田中 綾

今年も、講演の秋

明治学院大学 キリスト教研究所サイト(アジアキリスト教歴史文化講義シリーズ)

今年の秋も、講演や「出前講義」のお声を掛けていただきました。入念な感染対策なども講じてくださり、ご関係各位にあらためて感謝申し上げます。

10月26日は、明治学院大学キリスト教研究所のオンライン講座「アジアキリスト教歴史文化講義」で、「三浦綾子がキリスト教に出逢うまで――若き日の短歌を中心に」という題でお話させていただきました。

http://www.meijigakuin.ac.jp/~kiriken/event/%e3%82%a2%e3%82%b8%e3%82%a2%e3%82%ad%e3%83%aa%e3%82%b9%e3%83%88%e6%95%99%e6%ad%b4%e5%8f%b2%e6%96%87%e5%8c%96%e8%ac%9b%e7%be%a9%e3%82%b7%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%82%ba%ef%bc%88%e7%a7%8b%e5%ad%a6%e6%9c%9f/

残念ながらキリスト教についてはまったく語れませんので、聖書と出合う以前の、堀田(旧姓)綾子の短歌を中心にお話しました。

資料を作りながら、ふと思いつくことがありました。戦後、病と婚約破棄で虚無的な状態にあった綾子は、自分の内面を語る「ことば」を渇望していたのではないか、という仮説です。

自伝的小説の『石ころのうた』でも、こんな場面がありました。小学校の教員である綾子が、高等科の男子生徒で早熟な「N」から、「この頃、時々死にたくなるんです」と打ち明けられます。けれども当時の綾子は、「わたしはNの言葉に、結局は何ともいえなかった」のでした。想いはあっても、語るべき自分の「ことば」を持ち合わせていなかったのでしょう。

また、10人きょうだい(1人は夭折)の中で生まれ育った綾子ですが、親しかった姉(のちに歌人)は読書好きで、すでにみずからを語る「ことば」を持っていたようでした。それに対して、まだ、自分なりの言語の獲得途上だった綾子。そんな綾子が、前川正から聖書を読むことと短歌を作ることを教わり、「ことば」を獲得していったことが、のちの作家活動につながったのではないでしょうか。

「聖書」はまさに、「ことば」の世界。また、短歌は制限のある定型に「ことば」をあてはめていくもの。その2つの「ことば」獲得に導いた前川正は、やはり重要な存在であったこともあらためてうかがえました。

10月29日は、市立札幌藻岩高校での出前講義でした。「小説のヒミツ、おしえます。――「顔」をキーワードに」。さて、内容は? ここでは「ヒミツ」です(笑)。

藻岩高校さんからは毎年のようにお声を掛けていただき、もう6、7年目になっています。高校の授業時間は45分か50分ですが、いきなり80分の講義を「出前」するので、生徒さんも忍耐力が必要。図版を用い、クイズや線を引くなどの手作業も取り入れて、文学の楽しさをお伝えしてきました。

 10月31日は、「文字・活字文化の日」講演会として、札幌にある北海道立文学館で、「心を癒す短歌――コロナ禍、天災等を生きる私たちへ、「うた」からのメッセージ」という長いタイトルでお話させていただきました。

http://www.h-bungaku.or.jp/event/seminar.html

 古くから、和歌には死者の魂を鎮め、火山を鎮めるような役割もありました。現代短歌でも、天災や人災を歌うなかで“癒し”につながる要素があることを、短歌穴埋めクイズなども楽しみつつお話したところです。

 オンライン講演と対面での講演――どちらにもそれぞれプラスの面があり、ウィズ・コロナの来年も、どちらにもお応えできるよう備えていきたいと思います。

※文学の講演や、短歌ワークショップのお問い合わせ・お申し込みは、
北海道立文学館「出前講座」 http://www.h-bungaku.or.jp/event/demae.html
または、三浦綾子記念文学館(メール)へ直接ご連絡ください。
※高校生向けの「出前講義」のお問い合わせ・お申し込みはこちらへ。https://www.hgu.jp/corporate/

田中 綾

「ほめことば」の達人

『ほめことばの事典』榛谷泰明編 白水社

小説を読み味わうポイントはさまざまですが、個人的には、ストーリー以上に、文体やレトリックに関心があります。そのため、比喩事典やオノマトペの辞典などを眺めることも楽しみの1つです。
榛谷(はんがい)泰明編『レトリカ 比喩表現事典』(白水社、1988年)は、学生時代に図書館でよく読んだ1冊でした。同じ榛谷泰明編の『ほめことばの事典』(白水社、2005年)https://www.hakusuisha.co.jp/book/b204062.html
は、刊行後すぐに購入したのですが、久々にひらいたところ、なんと、三浦綾子の小説からの引用が多いことに気付かされました(今さらですが……)。

10例が引用され、カテゴリーとしては、「おだて」「女が女を」「求愛」「心」「少女」「茶室」「妻」「発見」「微笑」「恋着」。
『塩狩峠』や『泥流地帯』などのほか、『帰りこぬ風』『果て遠き丘』『広き迷路』などからも引用され、榛谷氏が丁寧に目を通されたことがうかがえます。
その中で、三浦綾子の小説にこんな「ほめことば」があったのか、とあらためて注目したのがこちらでした。

「あんな素敵な人が、他にいると思って? 札幌中探してもいないわ。エレガントな、あの妖しいような美しい人が」
「でもね、早苗さん。ぼくは、あの子よりずっとテンダーハートの、ほっと憩わせてくれる女性を知ったんです。――その子に会っていると、ぼくは五体のこわばりが消えるんだ。やさしくって、無邪気で、愛らしくって。男は誰だって奈津子とその子を比べたら、その子と結婚したいと思うだろうね」
「そんな女性が札幌にいるんですか」
「早苗ちゃん、その人はね、今、ぼくの目の前にいる」
(高校の沢先生と早苗の会話。早苗は沢が奈津子を愛してると思っている。『石の森』)
https://www.hyouten.com/hajimeno-ippo/25_ishinomori

カテゴリーは「求愛」。集英社文庫版の『石の森』では92~93ページからの抄出ですが、「テンダーハートの、ほっと憩わせてくれる女性」「五体のこわばりが消える」といった表現は、くすぐったいですが、多幸感をもたらす嬉しい「ほめことば」でしょうか。

ちなみに、この『ほめことばの事典』の帯文は、瀬戸内寂聴さんによるものです。

ほめことばには愛の裏付けがある。
だから人は
ほめことばに酔わされ幸福になる。   瀬戸内寂聴

三浦綾子と同年生まれの瀬戸内寂聴さんは25例も引用され、三島由紀夫も同じく25例でした。西欧の小説に比べ、日本の小説では歯の浮くようなほめことばは多くないようですが、では誰が日本一のほめことばの達人? そんな観点から、小説を味わうのも一興ですね。

田中 綾

田辺聖子の戦時下日記

文藝春秋 2021年7月号

「おせいさん」こと田辺聖子と、三浦綾子との接点は?
1つ目は、「1964年」が記念の年ということ。そう、三浦綾子が「氷点」で朝日新聞一千万円懸賞小説に入選した年です。この年の1月、田辺聖子は、「感傷旅行(センチメンタル・ジャーニイ)」https://www.kadokawa.co.jp/product/301301000405/
で第50回芥川賞を受賞し、こちらも話題になっていました。
 もう1つ接点を探すとすれば、失礼かもしれませんが、結婚した年齢でしょうか。綾子は37歳、田辺聖子は38歳。当時としては、高齢での初婚というところも、不思議な縁がありそうです。

三浦綾子より6歳下にあたる田辺聖子は、1928年、大阪市生まれ。2019年に亡くなり、先日、3回忌を記念して戦時下の日記が発表されました。「十八歳の日の記録」(「文藝春秋」2021年7月特別号)です。
https://bunshun.jp/articles/-/46011

終戦の1945年当時、田辺聖子は満17歳(数えで18歳)。樟蔭女子専門学校(現、大阪樟蔭女子大学)の国文科2年生でした。学徒動員で、伊丹近くの飛行機部品工場で働いたのですが、その企業名が「グンゼ(郡是)」だったことも、時代性が感じられます。
10代ですでに小説を書いており、当時は「エスガイの子」という小説を書いていたとか。「エスガイ」はテムジン(ジンギスカン)の父の名前なので、歴史小説か、大陸を舞台とした冒険小説だったのでしょう。

日記は、等身大の言葉で書かれていました。写真館を経営する父が病気になり、しかも、大阪大空襲で自宅が焼け、これまでの原稿やノートが焼失……そのショックの中でも、たえず向学心を抱いていたところが読みどころの1つです。
田辺聖子は長女で、弟と妹がいました。日記でとても切なく感じたのは、敗戦後の女子教育に対する不安を述べた箇所でした。

1945年8月17日
(略)また、女子の教育も今までは戦争で男子を取られて女子が後をしなくてはならなかったが、これからは男子は戦争から帰ってくるから、女子は元のように家庭ヘ帰るべきである、と。
私はどうすればいいのか。
成るようにしかなるまい。

当時、男性が兵役で不在のあとを、女性たちが代わって、工場労働やさまざまな職に就いてきました。戦争のおかげで女性の就労の機会が増えた、という皮肉な歴史があったのです。
戦争が終わってほっとしたものの、田辺聖子は、女性の学びや就労について、危機感を抱いていたようですね。その辺りは、同年代のほかの人々の日記とも読み比べたいところです。

「十八歳の日の記録」は、この秋、単行本が刊行される予定とのこと。秋の夜長の読書にいかがでしょう。

田中 綾

旭川出身の白石和彌監督の新作『孤狼の血  LEVEL2』

『盤上の向日葵柚月裕子(中公文庫)

7月28日に、旭川出身の映画監督・白石和彌さんと、作家の柚月裕子さんをお迎えした特別講義が勤務校で行われました。「日本映画論」という科目の最終日で、十分に感染対策を行ったうえで、私も参加させてもらいました。


https://www.yomiuri.co.jp/local/hokkaido/news/20210729-OYTNT50119/
(読売新聞北海道版、2021年7月30日付)

8月20日公開の新作『孤狼の血 LEVEL2』https://www.korou.jp/ 制作秘話など、
さまざまなお話をうかがえましたが、やはり気になるのは、旭川について。

白石監督は、旭川西高校のご出身。その下の学年に、『孤狼の血』シリーズにも出演している音尾琢真さん(TEAM NACS)がいたそうです。そう、われらが三浦文学館公式キャラクター・レイ(旭川西高校卒業という設定)は、白石監督と音尾さんの「後輩」にあたるのです!


白石監督が映画に興味を持ったのは、そんな旭川時代だったそうです。祖父母の食堂が旭川市内のバス停の近くにあり、場所がら、よく映画館からポスターを貼らせてほしいという依頼があったとか。ポスターを貼ると謝礼に招待券が2枚もらえたので、子どものころから家族と一緒に映画館に足を運んでいたそうです。


そして、音尾琢真さんがはじめて白石作品に出演したのは、北海道警察が舞台の『日本で一番悪い奴ら』(2016年)。以降、「白石組」の常連とも言える存在となり、味のある小市民役から、悪役(といっても、どこか憎めない)まで、幅広く演じておられます。
 
 さて、「このミステリーがすごい!」大賞はじめ、大藪春彦賞、日本推理作家協会賞など数多くの賞を受賞されている柚月裕子さん。美しく凛と響きわたる声で、一瞬のうちに会場を魅了していました。


「孤狼の血」シリーズの2作目、『凶犬の眼』(角川文庫、2018年)https://www.kadokawa.co.jp/product/321908000080/


は、冒頭から旭川刑務所のシーンです。失礼を承知で、実際に足を運ばれたのかうかがったところ、「小説にとって重要な場所は、三度訪れます」と……!


ミステリー作家にとって、舞台となる場所は、説得力のためにもたいへん重要なもの。物語にふさわしい空気感を描き出すため、三度も訪れて確認されるのだそうです。


旭川刑務所へはレンタカーを借りて近くで駐め、その「場」の空気感をじっくりと確認されたとか。その後、旭山動物園を楽しみ、旭川のグルメも味わったそうです。柚月作品の魅力の1つに、その土地土地のグルメ描写もあるのですが、なるほど、実際にご当地で舌鼓をうった逸品を登場させているのですね。

柚木さんの長編ミステリ『盤上の向日葵』(中公文庫、2020年)も、“推し”の1つです。

https://www.chuko.co.jp/special/banjo/


将棋界を舞台とし、重要な土地として描かれたのは、山形県天童市。将棋駒の生産日本一の地で、三浦光世がその天童市で入手し、愛用した将棋盤は、三浦文学館でも展示しています。


登場人物一人ひとりに両親がおり、そして祖父母がおり、長い長い履歴があることを実感させる『盤上の向日葵』は、三浦文学ファンに親しみやすい感動作です。ぜひ、ご一読ください。

田中 綾