頌春 子どもたちがあったかーく眠れる国を願って

新年のご挨拶を申し上げます。
昨年は世界的に揺れ動いた一年でしたが、そのような中でも、文学館への変わらぬご支援、あたたかなお心遣いとお力添えに、深く感謝申し上げます。

さて、昨年来、“新しい生活様式”という言葉も定着したようですが、「生活」という言葉そのものが気になってなりません。たとえば、日本国憲法第25条
「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」
生存権と、それに対する国家の社会的使命ですが、「健康で文化的な最低限度の生活」を送るには、食べものや住まいなどは欠かせないものでしょう。その欠かせないものに不自由を感じている若い世代が、少なからずいるのです。

ニュース報道もありましたが、新型コロナウイルスの影響で大学生のアルバイト収入が激減したり、実家からの仕送りを減らされるなど、若い世代の生活に変化が現れています。そのため、各大学や地域で、生活に困窮する学生たちに食糧支援をする動きも出てきました(注)。
私の勤務校でも、12月25日クリスマスの日に、教員有志で食糧支援の試みを行いました。(北海道新聞2020年12月26日(土)第四社会面で紹介されました)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/495937?fbclid=IwAR0bRU-WlIKWdamtH_0chx61Us19Ix8hiX5YNg0rPIfMZfFh_hT1gdiVzWo
5時間ほどの間に学生が260名近く訪れ、カンパなどで寄せられたお米やレトルトカレー、りんごなどを手に、年末年始の家へと帰って行きました。この国の将来を担う若者たちが、明日食べるものに不安を抱えている現状に、本当に胸が痛みます。

「お米、嬉しいです! 助かります!!」とお辞儀をして帰る学生たちを見ながら、私はふとこんなことを思い出していました。私が思う、揺るぎのない国家観です。
かつて私は、国家とは、戦争と外交のためにあると考えていました。けれども、20年ほど前にその考えは変わりました。太平洋戦争終戦後、旧満洲(現中国東北部)から家族で引き揚げてきた方のお話を伺ってからです。

「国家の使命とは、夜、子どもたちが、あったかーく、何の心配もしないで眠れる状態を保障することなんだよ」

引き揚げ当時十代半ばだったその方には、暖かな布団の中で安心して眠れる夜など、一度もなかったというのです。国家とは、夜、子どもたちが、あったかーく、何の心配もしないで眠るためにある――そんな国家であることを願いつつ、年明けも、学生に対する食糧支援を試みる予定です。

祈りながらの新たな一年。今年も、みなさまとともに、一歩ずつ歩んでまいりますね。

田中 綾

注:「バイト減り困窮、学生に食料配布 室蘭工大/北海道」『朝日新聞』朝刊2020年12月21日付
「コロナ禍の影響でアルバイト収入が激減して困っている学生を支援しようと、室蘭市の室蘭工業大学で20日、食料品が無償で配られた。大学側はレトルトカレーやカップ麺、餅など約2千円相当を千人分用意した。会場の体育館アリーナには午前10時前から数十人が並んだ。」(以下略)